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皆生温泉観光株式会社

所在地 米子市皆生温泉1丁目18−1
電 話 0859(33)2051
【会社概要】
設  立 1921年6月11日
代  表 代表取締役社長 坂内和孝
事業内容 温泉供給事業、日帰り温泉施設、ホテル、飲食など
従業員数 60人
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おーゆ・ランド/おーゆ・ホテル

代表取締役社長

坂内 和孝氏

 −皆生温泉の湯元として100周年を迎えました。

 創業者の有本松太郎は皆生温泉を一大温泉郷にするべく▽温泉の開発と集中配湯▽都市計画のための一帯土地の買収と温泉都市の構築▽交通網の確立―という遠大な構想を掲げ、見事に実現させました。しかし、大正末期からたたら製鉄の衰退により日野川から土砂が流れてこなくなり、さらには境港にできた突堤の築造により弓ケ浜湾の潮流が変わり、皆生海岸の浸食が進みました。そして暴風雨のたびに波浪浸食があり、源泉や温泉設備が流出してしまい、会社の経営が行き詰まりました。

 −有本氏の先駆的スピリットを継承したのが2代目の坂内義雄社長です。

 私の祖父になります。旧制五高、東京帝大を出て陸軍に入隊し、後に九州電気や日本証券、京都新聞などの社長を務めました。窮地にあった皆生温泉から知人を通じて要請を受け、私財を投じて温泉の灯を守ります。昭和恐慌や戦争に向かっていた時期でした。祖父は人のご縁とおかげさまという感謝の気持ちを大切にしていました。祖父義雄、父和夫、そして私が継承する“坂内イズム”は、健全経営、環境保全、地域貢献、資源保護の四つです。

 −100周年の記念事業について教えてください。

 皆生温泉の開発の歴史でもある社史「100年のあゆみ」を編さんしました。35周年、50周年にも社史を刊行しましたが、100周年では激動する世界経済の波涛(はとう)の中でどう生き抜いてきたかに力点を置き、懸命に生きてきた姿を記しています。そして温浴施設「おーゆ・ランド」には炭酸風呂、温泉卵ゆで場を新設しました。また、温泉運搬のタンクローリー車を導入し、各地のイベントなどで足湯を楽しむことができるようにしました。

 −皆生温泉はコロナの影響が深刻です。収束後をどのように考えますか。

 原点に返って、地元の人が気軽に皆生温泉に来てほしい。行政と一緒にまちづくりに取り組み、有本松太郎が描いた図面のように新たな温泉街を構築できればと思います。会社を良くするには、まず皆生温泉を良くする。そうすれば米子も良くなる。最終的には中海圏域の将来を考える中でそれぞれがすみ分け、発展すること。若い人に来てもらって、子どもたちに喜んでもらう。それを地域の力にして、地方の時代がやって来てほしいと思います。

皆生温泉観光株式会社

所在地 米子市皆生温泉1丁目18−1
電 話 0859(33)2051
【会社概要】
設  立 1921年6月11日
代  表 代表取締役社長 坂内和孝
事業内容 温泉供給事業、日帰り温泉施設、ホテル、飲食など
従業員数 60人
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おーゆ・ランド/おーゆ・ホテル