2017年9月22日

鳥取城跡に未知の石垣 三ノ丸石垣下方から出土

 鳥取市教委は21日、鳥取城跡大手登城路の復元に伴う発掘調査で、現存する三ノ丸石垣の下方に、いずれの時代の古絵図にも記載されていない石垣の一部分が出土したと発表した。三ノ丸石垣と一体の構造となっており、石垣が本来は階段状だったことが明らかになった。

 石垣は、同市東町2丁目の鳥取西高グラウンドの北側。三ノ丸石垣から下方の「青木馬場(あおきのばば)」跡に向かって約2・9メートル張りだした斜面に、高さ約40センチの石垣1段が幅11メートルにわたって出土。石が抜き出された形跡があることから、見つかったのは最下段で、本来は3~4段積み重なり高さ1・5メートル程度あったとみられる。

 現存の石垣と同じ1720年以降に補強を目的に築かれ、明治以降、城の解体時に土で埋められたと推測される。従来、石垣と馬場の間は土の斜面が広がると考えられていた。

 今回の調査では、城の上層部から堀までの約100メートルにわたる雨水の主要排水路の全容も判明。水と泥を分ける目的で造られた縦2メートル、横2・5メートル、深さ1・2メートルの沈砂桝(ます)が新たに見つかった。城の排水路が明らかになるのは全国的にも珍しいという。

 このほか、城の正門である中ノ御門のそばで御番所跡も出土した。

 市教委は2018年に大手登城路復元を目指しており、今回の発掘調査現場もその一角。文化財課の坂田邦彦文化財専門員(39)は「絵図だけでは分からない部分も判明した。今後の復元に生かしたい」と話した。

 24日午後1時と2時から現地説明会が開かれる。(渡辺暁子)