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大阪愛した泰さん 中村泰士さんをしのぶ

2020年12月26日

 「喝采(かっさい)」(ちあきなおみさん)と「北酒場」(細川たかしさん)で2度の日本レコード大賞など昭和、平成を代表する歌謡曲を世に出した大阪在住の作詞作曲家、中村泰士さん(享年81歳)が20日、ライバル作曲家、筒美京平さん(10月に80歳で死去)に招かれたように亡くなった。ヒットコンビの作詞家、なかにし礼さん(享年82歳)と3日違いの旅立ちも縁なのだろう。

「スーパー歌謡劇場」で、ギター弾き語りを始めた頃の中村さん(中央)=6月、大阪市東成区のライブハウス

 泰さんが最後までこだわったのは“大阪を歌謡曲の聖地に”のスローガン。芝居小屋の聖地・道頓堀で始めた「SUPER歌謡道場」は、10年以上続いた。新型コロナ禍で休止を余儀なくされると、JR大阪環状線玉造駅前のライブハウスに移り、動画配信サイトのユーチューブで無観客ライブを無料配信。彼を慕う関西在住歌手が掛け付けてステージをにぎわせた。

 ギター弾き語りで「喝采」や「今は幸せかい」(佐川満男さん)など、自分が作った曲を歌い後世に伝えることを続けた。

 G―POPと題したユーチューブでは、既に十数作の新曲をアップ。抗がん剤治療の合間を惜しんで歌い、ネットに上げ続けた。最後のマネジャー、神田幸さんによると「ライバルはあいみょん。生々しいサウンドにこだわりたい」と、マイクの位置まで細かく指示したという。

 2017年にはカラオケ「レインボー」琴平能弘社長と組んで、大阪城ホールを使って第九ならぬ「1万人の歌謡曲」を開催。その後も毎春に中之島・フェスティバルホールで「レインボー大阪歌謡フェスティバル」を開き続けた。

 今月7日に再入院した時は、最期を悟ったものの弱音を一切吐かず「オレは死んでも毎日生まれ変わってくるから、残った皆で楽しくやってくれ」と努めて明るく振る舞った。奈良で生まれ育ち、大阪のジャズ喫茶で歌に目覚めた。今も大阪に住み、関西を愛し続けた。来春には大好きだった大阪・キタのライブハウスでお別れの会が開かれる計画だ。


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