【名作文学と音楽(21)】「箱根でもやはり歌っていましたか」

黒井千次『眠れる霧に』、坂東眞砂子『ブギウギ』、小池真理子『リリー・マルレーン』

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 次のテーマを何にしようかと考えながら、久生十蘭がパリを舞台にして書いた短篇小説『巴里の雨』を読んでいたら、こんな文章が目に留まった。

「街角のキャフェのラジオが前大戦時代の英国の流行歌を黄昏の大通にあふらせている。次の街角まで行くと、こんどはやはりその頃仏蘭西の流行歌だった『マデロン』に変った。英仏交歓の時間というところらしい。」(引用は同作所収の河出文庫『パノラマニア十蘭』による)

 1939年9月、フランスとイギリスがドイツに宣戦布告した直後の情景である。<英国の流行歌>は、この文の前に「イッツァ・ロング・ウェイ……」と曲名の一部が書かれているから<It’s a Long Way to Tipperary >のことだと分かる。『マデロン』の原題は<Quand Madelon…>(<La Madelon>とも呼ばれた)。どちらも第1次世界大戦と切り離せない歌として記憶されている。

 歌の周辺を少し調べてみたら、マレーネ・ディートリヒが1939年のパリ祭で『マデロン』を唄っていたという記述に出合った。ディートリヒはドイツ生まれだが、反ナチスの立場を鮮明にしていたことは周知の通り。ここから連...

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