金井啓子の伴走で伴奏

ジャーナリズム教育の意義とは

2022年1月17日

『新聞研究』に寄稿

 日本新聞協会の『新聞研究』1―2月号に『報道の実像への気付きが解く誤解〜記者の立場を知る経験が学生の糧に』と題して寄稿した。特集『ジャーナリズム教育の現在地』に掲載されたもので、「ジャーナリズム教育が必要な理由」を書いた。

 記者職はいま不人気だが、目指す学生は少ないながらもいる。ただし、記者になっても退社・休職する率が近年高いと聞く。記者の現実を大学で学ぶことで、不幸な「ボタンの掛け違い」を減らせるだろう。

 だが、ジャーナリズム教育は記者志望の学生だけのものではない。全ての人がジャーナリズムの実像や役割を知ることは欠かせないし、記者に必要な能力は日常生活にも生かせるからである。ジャーナリズムの最大の役割は「権力を監視してその暴走を防ぐこと」である。だが、メディアの中にいる人がそう信じてがんばっても、外にいる人々が「マスゴミ」などと呼んで信頼しなければ、十分な役割は果たせない。

 記者のイメージの悪さは、その実像が知られていないことも影響している。だから、授業では記者の実像を知る機会を設けている。たとえば、2001年に発生した大阪教育大附属池田小学校児童殺傷事件の取材時の私の逡巡である。事件直後に下校中の児童を報道陣が取り囲んで話を聞いた。「こんなに小さな子が大事件に遭遇した直後に話をさせて大丈夫なのか」と悩み、その後も「あの子は当時をどう思っているのか」と気になっていたことを話すと、「記者も人間だったのか」という声があがる。皮肉ではなく、本当に「記者は血も涙もなく、人の不幸を喜んで取材している」と信じているのだ。

 教室を記者会見場に見立て、各学生が記者となって「取材相手」となった私に質問して記事を書く課題も出す。普段は「質問は」と問いかけても反応が鈍い彼らだが、この時ばかりは質問が引きも切らず、まるで本当の記者会見場のようになった。記者として質問し、読者を意識し、記事を書くという「記者の立場を知る」経験を通じて、「自分の普段の生活に取り入れられることを学ぶことが出来た」との声が出た。

 今後もジャーナリズム教育の意義を常に確認しつつ、学生に必要なことを伝え続けていきたい。ただし、今回のコラムではさわりしか紹介できなかったため、他の記事も含め『新聞研究』でご覧いただきたい。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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