金井啓子の伴走で伴奏

大切なのは誰が相手かを見る力

2022年3月28日

的確に情報を伝達する方法とは

 私が中学生の時だっただろうか。将来は記者になるという夢すら抱いていなかった頃の話である。航空機墜落事故が海外で起きたと伝えるニュースをテレビで見かけた際、「犠牲者の中に日本人はいませんでした」というアナウンスを聞いて、私は憤った。「日本人以外の人が亡くなるのはかまわないのか」と考えたからである。

 その後、私がジャーナリズムの仕事をするようになり、無数にある情報の中から報道すべきものを記者が選び出すにあたって、読者や視聴者がどのような情報を求めているのかを考えることが大切なのだと知った。私が墜落事故の時に見たニュースは日本国内に住む人々を対象にしており、「犠牲者に日本人はいるかどうか」が視聴者にとって優先度の高い情報だったことを理解した。

 私が記者として国内で起きている出来事を英語で発信する仕事に携わった時、国内の事象全てを報道するのは物理的に不可能であるため、取捨選択を迫られた。だが、「この出来事を記事として書いてはどうか」と上司に提案しては何度もボツにされた。その時の私に欠けていたのは「私の記事を読む人々が、日本発の情報としてより強く求めているのは何なのか」を見定める力だった。

 提案が却下される苦しみを何度も繰り返した後、ようやく採用の確率が上がったのは、日本に関して読者がどんな知識や経験を持っているのか、何に興味や関心を寄せているのか、同じ事象でもどんな切り口の記事を読みたいのかを把握できてからだった。つまり、「読者を知る」ことに習熟したからだったのだ。

 ところで、ロシアからの侵攻を受けているウクライナのゼレンスキー大統領が、日本の国会でオンライン演説を行った。同大統領は既に米国、英国、イタリアなどの議会でも演説を行っていたが、国会ひいては日本国民全体に向けた今回の演説では、原発事故や地下鉄サリン事件を経験した日本であることを意識した内容が含まれていたことが、特に注目を集めた。仮に各国の議会での演説内容が全て同じであったとしたら言語道断だが、ここまで細やかに内容を変化させていることに、「誰が自分の話を聞いているのか」を強く意識していることが感じられ、感心した。

 大統領や記者といった特定の職業の人だけではない。日常生活でも「相手を考える」と情報の伝わり方が変わりそうな気がする。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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