金井啓子の伴走で伴奏

自然破壊の愚を意識したい

2022年4月4日

四国の清流での出会い懐かしむ

 17年ほど前に徳島県の穴吹川で清らかな水を眺めていると、見知らぬ男性に「きれいな川でしょ」と声をかけられた。男性の傍らにいた大きな犬に「お手」と声をかけると、「お手はしないんですよ」と男性は笑った。

 最初、小学生くらいの子どもたちを連れて川遊びをしていたらしいその男性が誰だかわからず、「どこかで見た顔だな」としか思わなかった。後になって「あっ、野田知佑さんだ」と気がついた。カヌーイストで作家のその野田さんが3月27日に亡くなったという。84歳だった。

 穴吹川をきっかけに、私は海部川や四万十川、仁淀川といった四国の清流を訪れることが楽しみの一つになった。都会の喧騒(けんそう)を離れ、美しい川で水遊びをしながら童心に戻れることがなによりうれしい。山中でキャンプをして、夜空に浮かぶきらめく星々を眺めるのが心の清涼剤になった。

 自然と遊んでいると心に平穏が訪れて豊かな気持ちになり、この美しい風景をいつまでも守りたくなる。ここ数年はコロナ禍の影響で清流遊びやキャンプができなくなったが、今年はチャレンジしたい。

 都会で暮らしていると自然の大切さをつい忘れがちになる。飲み水も空気も、そしてスーパーで買う野菜や魚介類も自然の産物なのに、そのことを忘れてしまう。まるで工場から次から次へと生産され続けるような錯覚に陥ることがある。だが、自然の恵みは無限ではなく有限である。自然を守るとは、言い換えれば私たちの日常を守るということだろう。私たちの生活が成り立つのも、豊かな自然があればこそである。

 でも人間は愚かだからか、自然を育むどころか破壊してしまう。人工物から生み出されたプラスチックや汚染水といったゴミを大量に出してしまう。出されたゴミは清流を汚し、緑豊かな山は削られていく。このままでは、自然を破壊した人間はいつの日か自然から仕返しを受けてしまうかもしれない。その自然破壊の最たるものが戦争であり、その意味でもウクライナ情勢のようなことが地球上で起こってはならない。人間に自然を大切にする気持ちがあるならば戦争なんて愚かな行為は起こさないだろう。

 できれば今年は四国の清流を訪ねてみたい。可能なら穴吹川も訪れたいと思っている。もしかすると清流で遊ぶ野田さんにまた会えるのではないか。ふと、そんな気がした。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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