金井啓子の伴走で伴奏

著名人死去報道の在り方に思う

2022年5月16日

当事者への配慮を最大限に

 著名な芸能人が死去したというニュースが連続して入ってきた。自死だったこともあって、大きな衝撃を受けている人もいることだろう。

 なぜその選択をしたのか、本人たちが亡くなってしまった以上、その理由が明らかになることはもうない。ただ、以前はこのようなケースが発生すると、借金や失恋の問題があったのではないかと根掘り葉掘り探る報道が多かったことに比べ、かなり抑制的な報道ぶりになったのは大きな変化と言える。人々が自死する原因が全て解明されたとは言えないが、うつ病などの精神疾患による可能性が高いことは専門家の間で指摘されており、報道でもその点に触れたり記事上でもさまざまな配慮を行うようになってきている。

 著名人が自死した場合、死去そのものを報じなかったり、自死であることを伏せて報道するのは難しい。だが、過去に著名人の自死が報じられた後に「後追い」と見られる死が多発したこともあり、世界保健機関をはじめとする専門家グループからは、報道の仕方には十分な注意が必要だという呼びかけがなされた。

 最近はメディアが自死について扱う際には、相談を受け付ける機関の電話番号やネットのリンクを同時に示すようになってきている。「そういう情報さえ出せば報道してもいいと思っているのか」という批判が出ることは当然予想されるし、実際に今回もSNS上でそういった意見を見かけた。だが、報道の在り方が少しずつでも変化していることを私は評価したい。ただし、今の自死報道が最善なものなのかという議論は続けていかなければならないだろう。

 著名人の自死を報道する際にはセンセーショナルな扱いをしないことが求められる。だからといって、自死を選ぶ人々の存在そのものに目をつぶったり、その問題にできるだけ触れずにいるべきではない。

 「死んでしまいたい」「消えてなくなりたい」と考える人々の相談に乗る団体は複数あるが、その中のひとつで私は電話相談員のボランティアをしていたことがある。詳細を明かすことはできないが、今も鮮明に記憶にしみこんでいるのは、当事者は自分の気持ちを話す場や相手を強く求めているのだという実感である。

 センセーショナルには扱わないが、助けを必要としている人には手を差し伸べる。簡単なことではないが、これからも変化し続けなければならない。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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