澪標 ―みおつくし―

そろばんのルーツ

大垣 憲造
大垣そろばん資料館館長
2019年8月19日

 わが国へそろばんが伝来したのは16世紀末と文献などで証明されているが、伝えた中国のルーツは諸説ある。2世紀頃の漢代に出版された『数術記遺(すうじゅつきい)』(撰者は除岳)の中に「珠算」という言葉が出てくる。しかし、玉が串刺し状で枠のある今の中国そろばんとは構造上の違いがある。したがって、中国そろばんの発祥年代として、文献状では『輟耕録(てっこうろく)』や『乾坤一担図(けんこんいったんず)』・『魁本対相四言雑字(かいほんたいそうしげんざつじ)』などの図版から推定すると、元や明の時代と考えられていた。

 ところが、近年になり北宗時代の画家・張擇端が描いた『清明上河図(せいめいじょうかず)』という画巻の中にそろばんらしきものを中国人が発見した。筆者は37年前、所蔵されている北京の故宮博物院で見せてもらったが、梁の部分が不明瞭で断定はできなかった。同行した中国の研究者は認めていたようだ。もし、これがそろばんと確定すれば、一気に北宗の時代、つまり12世紀にさかのぼることになる。

 また、約40年前に中国陝西省の周原遺跡で陶製の玉86個が発掘された。学者の中には、この玉は芸術品とも考えられるとの見解もあったが、中国珠算協会は計算具「三才算」のものであると認定した。形態は違うが、算具用の玉であれば、中国そろばんの歴史は周王朝の時代、つまり3千年前ということになる。

 しかし、視点を西に向けると、実は今から4、5千年前のメソポタミア地方(チグリス・ユーフラテス両河川流域)で、砂の上に線を引いてその上に小石を置き計算したという砂そろばんをルーツとするのが定説になっている。もともと、ちりを意味するヘブライ語のアバク(abaq)が古代ギリシャ語のアバックス(abax)になり、ラテン語のアバカス(abacus)に転訛(てんか)したといわれている。古代ローマでは小石のことをカルクリと呼び、計算する(calculate)という言葉の語源になっている。

 このような歴史の流れがルーツになったと思われる。もちろん、今のそろばんの形態とは全然違うが、線を引けば桁ともいえるし、小石は玉の役割になっているので原理的には良く似ており、そろばんの始祖といわれるゆえんであろう。

 だが、これには異説もある。メソポタミアは、早くから数学、文化、農業が発達し、四大文明発祥の地として知られているが、南部は低地のため砂や小石を入手するのが困難で、もっと上流の北部ではないかという説である。北には砂漠もあるので、この説も一概に否定はできない。

 いずれにせよ、現在は南のイラク、北のシリアなどは紛争地域なので、現地調査は容易ではない。近い将来、平穏になればやがて真相がもっと解明されるものと期待したい。

 ということで、そろばんのルーツを探ってみたが、現段階の結論は、東は3千年前で、西は4、5千年前が文献・物証などを推定し、ルーツであると言って良いだろう。

 (大阪府豊中市、おおがき・けんぞう)



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