大人の社会見学

 大人にしか味わえない、大人だからこそ学びたい施設を行く−。それを「大人の社会見学」と呼ぶ。食品工場や伝統産業資料室、工業遺産など関西有数のスポットを写真に収めながら、地域との密着や歴史、魅力を取り上げていく。

忍びの里・伊賀(三重県伊賀市)

2021年4月15日

忍者発祥の地

三層の木造天守を擁する伊賀上野城。城郭は築城の名手とされた大名、藤堂高虎によるもので、堂々たる姿から「白鳳城」との異名をとる
まちのあちらこちらにある忍者をモチーフにした壁画。「車には気をつけるべし」と、記念撮影を勧めている
伊賀者と呼ばれた人たちの普段の生活の様子や武具などが見られる伊賀流忍者博物館

 全身黒ずくめの装束をまとい、闇に紛れて任務を遂行する。ドラマや漫画を通じてわれわれが知る「忍者」のイメージ。「忍者ハットリくん」や「ナルト」「忍たま乱太郎」などのアニメは海外でも繰り返し放映され、日本政府も“クールジャパン”の象徴と位置づけている。自治体や関係団体も、鈴木英敬三重県知事をトップとする「日本忍者協議会」を設立し、「忍者ブランド」の発信を目指す。一方で、その真の姿は、豊かな宗教文化や多彩な生活の中で育まれた「地域の平和を守り抜いた集団」−。動乱の時代を生き、過酷な状況下で任務を達成するための知恵を受け継いだ発祥の地とされる三重県・伊賀市を歩いた。

 「忍者列車に乗りに来たんです」−。伊賀市の中心市街地、伊賀鉄道・上野市駅から2駅、茅町駅で下車した家族連れが、駅員に明るい声を向けた。市内を縦貫する伊賀鉄道では、漫画家・松本零士さんのデザインによるラッピング列車があり、車内には石畳調の床や手裏剣柄のカーテンなど工夫を凝らし、乗客の目を楽しませてくれる。

◇神君伊賀越え

 伊賀と滋賀県の甲賀は、忍者の二大発祥地として名高い。これらゆかりの地にまつわるエピソードは、文化庁の「日本遺産」にも認定されている。

 実像は「伊賀衆」「甲賀衆」と呼ばれた地侍による自治が発展したところにある。もちろん両者は映画のモチーフのように敵対する関係ではなく、盛んに交流してきた。

 著名なのが「神君伊賀越え」。1582(天正10)年、織田信長が京都・本能寺で明智光秀に討たれた際、徳川家康が三十数人の手勢で大阪・堺から三河への脱出を試みたという史実だ。「徳川実紀」などによると、伊賀や甲賀の地侍たちが野伏や一揆から一行を守り、伊勢白子浜(鈴鹿市)まで送り届けたという逸話が残る。

◇往時を知る

 戦国時代から江戸時代にかけて、情報収集を専門とした伊賀忍者の歴史や生活の知恵を学べるのが、伊賀上野城の眼下、上野公園内にある「伊賀流忍者博物館」だ。

 館内には「どんでん返し」や「刀隠し」などのからくりをはじめ、忍者が生活の知恵を結集させた忍術書や武器など、往時を知る貴重な資料が興味深い。

 近年は全入館者のうち、外国人観光客が最大2割を占めるなど活況にあったが、現在は新型コロナウイルスの感染拡大のため、展示にも一部で制限を加えている。

 一方で、見据えているのは、2025年大阪・関西万博を視野に入れた観光戦略だ。岡本恭輔館長補佐(35)は「忍者は多世代に認知されている。甲賀はもちろん、関係各所としっかり手を組んでPRしていきたい」と展望する。

 日本忍者協議会 鈴木三重県知事をトップに「忍者ブランド」を世界に発信しようと2015年に官民で設立。これまで忍者に関連する技術の継承や、ライセンスビジネスを手掛けるなどしている。同協議会と大阪観光局は、語呂で「忍(ニン)」が三つ重なる今年2月22日、大阪市内で「忍者の日宣言in大阪」をアピールした。「忍びの里 伊賀・甲賀」は、地域の特色を観光資源として活用するため、文化庁が定める「日本遺産」にも認定されている。三重県伊賀市の上野市駅へは、近鉄・大阪難波駅から約1時間半。


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