居場所をつくろう 共生の現場から

第2部 LGBT 当事者の言葉

2017年3月25日

共に自然体で生きたい

「LGBTだとかで区別せず、自然体で共に生きていきたい」と翔平さん。右手には彼女からもらった時計が光る

 性同一性障害者の性別の取扱の特例に関する法律 専門知識、経験を持つ医師2人以上の診断を得た上で性別適合手術を受けた場合、20歳以上で婚姻状態になく、未成年の子がいないことを条件に性別を変更できる。2004年7月施行。08年に一部改正。

 企業、行政、学校の観点から取材してきた「共生の現場から第2部 LGBT」。最後に出会ったのは、歌手を目指して居酒屋で働く翔平さん(19)だった。

 「オレ、『LGBT』という言葉は好きじゃないんですよ。自分を説明するのに必要不可欠な言葉だと思うけど、かえって区別されているというか、壁があるというか」。不器用だが、率直な言葉に胸がすく思いがした。

■恵まれた環境

 最初から“男の子”だった。「好きな人いる?」「○○ちゃん!」「それは、友達(女の子)だよ」。周りは笑っていたが、納得はできなかった。

 中学と高校は男子と同じズボンで通い、気を許せる友人は男女問わずできた。『翔平』という名前を付けたのも友人たちだ。

 「〜さん」「〜くん」と、名前を呼ばれる度に気まずい空気が流れ、トイレは授業を抜け出した。不便も苦痛もあった学校生活だが、「周囲に恵まれていた」の言葉にうそはない。ただ、カミングアウトを除いては。

■本来の姿に

 「女の子として生まれたのに、という罪悪感があった」と翔平さん。性自認を聞かれれば素直に答えたが、自ら話すことはない。「親とは絶縁状態」「母に『男の子に産んであげられなくてごめん』と謝られた」−。授業や本で読んだ当事者のエピソードがまた、翔平さんの心にふたをした。「悩んでいるのなら相談して」という母の思いも、届かなかった。

 「いつまで逃げているん?」。カミングアウトを渋る翔平さんの背中を押したのは、高校3年の時に付き合い始めた1歳下の彼女だ。

 泣きながら怒る彼女を見て思った。「自分は一体、何をしているのか」−。「彼女がいるねん」。涙で途切れながらも母に伝えたのは、付き合って1年後だった。

 翔平さんは今も実家で両親と暮らす。将来は、性別適合手術を受けて「本来の姿になる」つもりだ。戸籍変更の際には、両親に再び名前を付けてほしいと思う。

■何ができるか

 性別の取り扱い変更を記した「性同一性障害者性別取扱特例法」が施行されたのは2004年。メディアにLGBTの文字が上がることも珍しくなく、社会の認知は進む。だからこそ、問いたい。隣に座る人がLGBTだったら、何ができるのだろうか。

 「誰しも突然、同性を好きになったりとかもあるわけで、LGBTであるとか、そうではないとか、そんな区別せずに共に生きていけたらと思う。自然体で生きていけたら」。翔平さんの言葉は、一つの指標になるはずだ。

(第2部おわり)
ミニクリップ
 性同一性障害者の性別の取扱の特例に関する法律 専門知識、経験を持つ医師2人以上の診断を得た上で性別適合手術を受けた場合、20歳以上で婚姻状態になく、未成年の子がいないことを条件に性別を変更できる。2004年7月施行。08年に一部改正。