澪標 ―みおつくし―

能楽奮闘記 (2)

水田 雄晤
観世流能楽師シテ方 
2017年5月26日

 「能楽師」になるには能楽師の家に生まれるか、全く能楽と関わりのない一般の家庭から入門をするかの二つです。私は前者で父親に頼み込み能の道を志したのが高校3年の春でした。能楽師は親子三代などは珍しくもなく、3人が同じ舞台に出演することもあります。およそ3〜4歳で初舞台を踏み、子方(子役)を勤めて舞台に慣れていきます。

 随分出遅れた私に、後者だった父は「そんな簡単な世界じゃない、遅すぎる」と初めは反対でした。私の意志の強さを確かめるためか、大学4年間は大阪を離れさせ、能の勉強、一般教養を身に付けてからの入門を条件付けしました。大学4年の単位を取り終え、卒業式を迎える1カ月前には師匠家に入門、大槻文藏師宅で住み込み生活が始まりました。

 当時は同世代の先輩・後輩合わせて5人の自炊生活。朝8時に起床し、屋外の清掃、能舞台の糠(ぬか)拭き、楽屋掃除、楽屋および食堂の床の雑巾がけを1時間で済ませ、お稽古や申し合わせ(リハーサル)の準備を行います。舞台公演のある日は装束や作り物(竹製の宮や塚などの舞台大道具)の準備と終演後の片付け。先生のお出かけ、ご子息の習い事の送り迎え、薪能や遠征の時の運転手に装束・作り物の運搬、能楽堂事務局の電話番までと、毎日が目まぐるしく過ぎました。

 先生の教えが「ここは学校じゃない、芸は見て盗め」だったので、障子越しに素人稽古時の先生の謡を聞き、舞台公演を見て覚書をし、分からないところは先輩に教えてもらいました。

 私はシテ方(=為手方は主に主人公を演ずる)ですが、修行の中にはお囃子(はやし)のお稽古がありました。父の時代はお囃子のお稽古はさせてもらえなかったと聞いた事がありましたので、大変ありがたいと思いました。能のお囃子は笛・小鼓・大鼓・太鼓の四つ。覚えないといけない事が山ほどありました。

 入門2年目で大阪能楽養成会に入会、養成会では大学の能楽部卒から能楽師を志した後輩や他門の先輩・同輩と切磋琢磨(せっさたくま)し、謡・仕舞・お囃子の勉強をさせていただき、能「吉野天人」で初シテを披(ひら)かせていただきました。そして3年目には観世宗家・分家をはじめ、名だたる先生方の目前で日々の研さんを披露する一般非公開の観世流研修会に参加させていただきました。

 1年目は右も左も分からず、2年目は昨年の繰り返し。3年目でようやく一年の流れが分かるようになりました。何事も習得するには時間がかかるものです。でも、決して「遅すぎる」ことはなかったと思います。

 (みずた・ゆうご、大阪市東成区)