澪標 ―みおつくし―

響き合える関係の効用

栄 セツコ
桃山学院大学教授
2017年6月16日

 アジサイの花が大学に彩をそえる6月は、学生の就職活動が本格化する季節です。人手不足が一段と深刻さを増すなかで、本年度の有効求人倍率はバブル期時代を超える勢いだそうです。

 社会福祉領域では、少子高齢化を背景として、高齢者施設からの求人依頼が顕著になってきました。実は、特別養護老人ホームなどの入居施設では、その待機者の多さが課題になっているのです。にもかかわらず、その施設に空きベッドがあることをご存じでしょうか? その理由の一つは、介護職員の不足にあり、新たな入居者を迎えられないというのです。他方で「認知症」を患った人が精神科病院に入院する数も増えています。このこともあまり知られていないのではないでしょうか。

 認知症は、その昔は「痴呆」と称されていた病気です。有吉佐和子氏が『恍惚(こうこつ)の人』を出版されたのは45年前の1972年。当時7%程度だった高齢化率は、2015年には26・7%にまで達しています。これに伴い、認知症を患う人々の数も増加しています。厚生労働省の調査によると、25年には65歳以上の認知症者数は700万人を超え(人口比20・6%)、5人に1人が認知症を患う時代が来ると推計しています。ならば、認知症に関する知識やその対処方法、病を持ちながら暮らす術を習得しておきたいものです。

 私たちの日々の生活において、ものごとを考えたり、判断したり、記憶したりする機能は「認知機能」と称され、そのバランスが崩れると思考力や判断力および記憶力などが低下します。そうすると「財布を盗られた」「ここはどこ?」「私、ごはん食べた?」「また、同じ物を買ったみたい」などの言葉にみられるように、ご本人が生活のしづらさを感じるようになるのです。

 認知症の症状が進行すると、日々の生活の維持が困難となり、ご本人の健康や安全が損なわれる状態になることがあります。食事や着替えができず、掃除ができず、ごみがたまってしまう…。誰にもSOSを出さない。このような状態は「セルフネグレクト(自己放任)」と言われています。

 先日、認知症サポーターのAさんが、「認知症は孤独な状態と関連する…」とつぶやいていました。加齢になるから認知症になるのではなく、「私らしさ」をつくる社会との関係が喪失していくなかで孤独で孤立した状態、刺激のない生活が認知症をつくるのではないかと言うのです。そして、いったん「認知症」と診断されると、その人の生きざまや可能性は横に置かれ、「認知症者」という社会関係しかなくなることが問題だと言うのです。「セルフネグレクト」も、その状態になるまでには、それなりの時間があったはずであり、その間、誰も本人に関わる人はいなかったのだろうかと…。

 ここに、私の寄稿のテーマである「響き合うことの大切さ」を思うのです。「認知症」は誰もがなる病気です。だからこそ、自分ができないことは誰かにお願いし、自分ができることは誰かに生かす関係が必要です。「認知症」になったとしても、支え−支えられる関係、響き合える関係を形成しておきたいものです。

 冒頭に戻りますと、高齢者施設に就職を希望する学生には、「認知症者」ではなく、一人の人生の先輩として敬意を示すこと、その人生の先輩から「認知症」のことを学ぶこと、一人の人として響き合える関係性をつくれる感性を大切にしてほしいと伝えています。そうすることで、私自身が安心して「認知症」になることができると思うからです。

 (さかえ・せつこ、大阪市阿倍野区)



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