大阪発 癒やしの温泉巡り

鹿児島県・指宿温泉「指宿 白水館」(上)  

2017年4月15日

一度は訪れたい砂むし温泉

指宿温泉の名物で、温泉効能も高い「指宿 白水館」の砂むし温泉

 鹿児島県薩摩半島の最南端にあって南国情緒にあふれ、かつて“東洋のハワイ”と呼ばれた「指宿温泉」。私も日本百名山の一つ「開聞岳」への登頂や鹿児島を旅した際に何度か訪れている。いつ行っても明るくかつ南国色豊かな温泉地だ。

 指宿温泉といえば、まずイメージされるのは「砂むし温泉」。300年以上前の元禄の頃から行われ、150年以上前の天保の時代に編さんされた「三国名勝図会」にもその効能が記されている。

 明治から昭和の初めにかけて、農閑期には地元のみならず全国各地から人々が訪れる湯治場としてにぎわい、旅館などの宿が六十数軒を数えるようになった。戦後しばらくしてからは温泉観光ブームに乗って、指宿にもたくさんのホテルが進出した。

 砂むし温泉は、指宿観光の目玉となり、南国の美しい自然景観と相まって、東洋のハワイや新婚旅行のメッカと称されるほど全国から多くの観光客が訪れるようになった。しかし1972年の沖縄返還や翌年秋からのオイルショックにより、南九州の新婚旅行や団体旅行ブームは徐々に下火となり、指宿観光も低迷期に入った。今は個人客や海外からの旅行者を中心とし、周りの美しい自然と景観、冬も温暖で過ごしやすい気候を生かした癒やしの温泉地として脱皮を図っている。

 私は、昨年6月26日に久しぶりに指宿温泉を訪れた。私のボランティア活動の一つである篤志面接委員の研修旅行で、鹿児島刑務所と人吉農芸学院(熊本県)を訪れた際に立ち寄ったのである。その時の宿泊先が指宿の有名旅館「指宿 白水館」だ。

 「白水館」の歴史は47年に始まる。初代代表で、故下竹原弘志氏が終戦後農業と行商を経て、同年6月に鹿児島市内で6室だけの下宿屋を開業した。49年になって、増改築を行い、部屋数30室の正式な観光旅館「鹿児島白水館」として創業するようになった。弘志氏はそれにとどまらず、増築のための土地取得がコスト的に難しい鹿児島市内で旅館業を続けるのではなく、地方のリゾート候補地で安くて広い土地を探し、さらなる発展を求めようという思いで指宿の地に目を向けた。

 そして60年、客室12室(収容人員60人)の建物、従業員15人で「指宿 白水館」をオープン。以後も建物の増改築を繰り返し、73年には245室の宿に大きく成長した。それらブームが去った後、日本情緒と歴史・自然・文化を現代的感覚の中でじっくり味わってもらえる質の高い日本旅館への再出発を目指し一生懸命取り組んでいる。

 「指宿 白水館」の種々の魅力は、次週に紹介する。

 (大川哲次・温泉学会副会長、弁護士)

【所 在 地】鹿児島県指宿市知林の里
【電  話】0993(22)3131
【客  室】205室(定員947人収容)、離宮(41室)の他、磯客殿、花の棟、薩摩客殿あり
【宿泊料金】1万5千円〜5万円(サービス料込み・税別、2人1室)
【交  通】
・JR指宿駅からタクシーで7分
・鹿児島市内から車で約1時間10分