来阪catch

今と未来 考えるために

映画「明日にかける橋―」 
監督 太田 隆文
2018年8月11日

SFも加えて楽しく

「平成の時代を振り返ると今や未来のことが見えてくる」と話す太田隆文監督=大阪市内
「明日にかける橋―」の一場面(C)「明日にかける橋」フィルムパートナーズ

 家族の絆や次の世代に何を残すかをテーマに映画を撮っている太田隆文監督(56)の新作「明日にかける橋 1989年の想い出」(渋谷プロダクション配給)が11日から、大阪のテアトル梅田で公開される。「今と未来を考えるために、平成の30年を振り返り、SFタッチのドラマを作った」という太田監督に話を聞いた。

 太田監督は和歌山県出身で、大阪・高槻に住んだこともある関西人。映画製作に憧れてアメリカのUSL(南カルフォニア大学)映画科で学んだ。監督デビューは地元で撮った青春ファンタジー「ストロベリーフィールド」(2006年)で43歳の時だった。それから「青い青い空」「朝日のあたる家」「向日葵の丘 1983年夏」とつながっている。

 「基本姿勢は家族と人間の絆を描くことと次の世代に何を残すかということ。今回は静岡県の袋井市、磐田市、森町の人たちが地元でふるさと映画を作りたいという話を受けて撮った。静岡県とは縁があり、これが4本目。最初は地元の3人のおばさんが『まちのために何かしよう』と立ち上がってスタートした」

 映画を学んだアメリカの学校は「スター・ウォーズ」のジョージ・ルーカスなどが出た名門で、当時、同校出身のロバート・ゼメキス監督の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が人気で「僕もいつかそんな映画を作りたいと思っていた。今度の作品でようやくその一部を実現することができた」

 物語は2010年の夏。地元の会社に就職したOLのみゆき(鈴木杏)が亡くなった父親(板尾創路)の通夜の夜、同僚のアヤカ(草刈麻有)、達也(冨田啓輔)と家族の話をしていて、子どもの頃に亡くした弟・健太のことを思い出し「1989年の年はいろいろあった…」とつぶやく。「父親と意見が合わなかったことや、不良の先輩と駆け落ちの約束をしたことなど後悔することが多かった。それはもう一度やり直せないかと思うほどだった」

 まちにある川の橋を渡る時、自分の行きたい時代を唱えればタイムスリップできるといううわさがあった。みゆきは2人を連れて希望通り、1989年の時代に戻り、両親、弟と4人が一緒に暮らしている光景に遭遇。そして、高校生の自分(越後はる香)に出会い、両親の気持ち、弟がなぜ死んだのか、助けてやれないのかなどの現実問題に向き合う。

 「その年はバブル最盛期。天皇が崩御し、昭和のスター、美空ひばりが亡くなった。世界ではベルリンの壁の崩壊、天安門事件もあった。みゆきはせめて弟の命を助けてやりたいと、2人の仲間や学校の先生(藤田朋子)らの協力を得て、奇跡を起こすために奮闘する」

 ほかに田中美里、宝田明らが共演。「演技上手な杏ちゃん、人間くさいお父さんが似合う板尾さんらみんなが、まちの実行委員会の人たちと一緒に映画を作ってくださった」。「ふくろい遠州」の花火大会が映画の名場面を彩っている。



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