日曜インタビュー

汗と涙と笑いを心に

映画「14の夜」
監督 足立 紳
2016年12月25日

思春期のワクワク感を

「初監督でプレッシャーはあったが、勢いで…」と話す足立紳監督=大阪市北区のシネ・リーブル梅田
(C)2016「14の夜」製作委員会

 映画「百円の恋」で日本アカデミー脚本賞などを受賞した足立紳が、今度は自作脚本を初監督した「14の夜」(SPOTTED PRODUCTIONS配給)が31日からシネ・リーブル梅田で公開される。「思春期をワクワクしながら生きる男の子の汗と涙と笑いを、見る人の心に届けたかった」という足立監督に話を聞いた。

■「百円の恋」から

 −「百円の恋」は20代後半の女性(安藤サクラ)が主人公だった。

 あの脚本は武正晴監督が「女性のアクションものをやりたい」ということで書いた。家でグダグダしている20代後半の女が、近所のボクシングジムで働く男に恋をするが、そのために自らボクサーになってリングに上がるという話だった。いろんな賞をいただいて本当にありがたかったし、映画もヒットして、しばらくアルバイトをしなくてよくなった。

 −今度は14歳の思春期の男の子の話。

 「百円の恋」と同じころに書いたが、こちらは自分の思春期を振り返った話だから自主映画で自分で監督した方がいいと思っていた。幸い、「百円の恋」のプロデューサーから声がかかって、初監督作品として撮れることになった。最初から劇場公開作品というレッテルが貼られるからには下手な作品にはできないので、プレッシャーを感じながら撮った。

 −田舎のビデオショップ店が舞台に使われている。

 僕が中学生のころビデオショップが初めてできて、よく通っていた。親がテレビの日曜映画劇場が好きで、一緒に外国映画を中心によく見たが、「わらの犬」とかどきどきしながら見た記憶がある。まだパソコンは普及していない時代で、今の中学生と違っておっとりしていたような気がする。僕は角川映画が好きで、薬師丸ひろ子のファンだった。

■懐かしい思い出

 −ビデオ女優で「よくしまる今日子」という女の子が出てくる。

 あれはちょっとエッチなビデオで、よくショップに来てサイン会などを開いていた。そんな体験を、主人公の中学生・タカシ(犬飼直紀)に託し、当時の僕がそうであったように、ワクワクしながら撮影に臨んだ。仲間と一緒にビデオショップに行って、不良に脅かされたりしたことも取り入れたし、幼なじみの隣の家の巨乳のメグ(浅川梨奈)の存在も懐かしい思い出の一こま。

 −タカシの父親に光石研。

 昔の松竹映画「博多っ子純情」(1978年)で、光石さんはデビューしており、その役がタカシのような中学生で、実際、光石さんは懐かしいとおっしゃっていた。今回はダメおやじ役で、とてもいい感じで演じてくださった。母親役の濱田マリさん、姉役の門脇麦さん、その婚約者の和田正人さんが家族としてそれぞれ絡んでいいファミリー映画になった。

 −子どもの世界は台湾映画のホウ・シャオセン監督の映画を思わせる。

 ホウ・シャオセン監督の「童年往時」などの名作には及ばないが、そう言っていただけるととてもうれしい。とにかく、汗と涙と笑いのある映画にして、それをお客さんの心に届けたいと思って作ったし、ホウ・シャオセン映画のにおいだけでも感じてもらえれば十分な気がする。田舎の風景も多少似ているのかもしれない。

 −若いころから映画監督志望だったのか。

 26、27歳のころそう思って、シナリオを書き始めた。それで知り合ったプロデューサーに相米慎二監督を紹介してもらい、幸い付き人のようにして約1年助手をしていた。相米さんはその間映画を撮らなかったが、幸いCMを撮っておられたので、僕の給料も払っていただいた。僕は大森一樹監督が好きだったが、タイミングを失して相米さんに付いた。

 −運命の別れ道になった?

 そんなオーバーなことではないが、その後、一時期、映画界から離れた時期もあって、芝居をやったりした。相米監督の「セーラー服と機関銃」のような角川映画か、北野武監督の映画だったら参加したいとは思っていたが、それが「百円の恋」を書かせたし、書いて3年たって、松田優作シナリオ賞に選ばれて映画化が実現するまでの過程は長かった。

 あだち・しん 1972年生まれ。鳥取県出身。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、相米慎二監督に師事。その後助監督をしながら脚本を書き始める。オリジナル脚本「百円の恋」が武正晴監督で映画化(2014年)。日本アカデミー最優秀脚本賞など多数の映画賞を受賞。テレビ脚本のほか小説家としても活躍。今作の小説版も執筆している。