亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

富田林市新堂のあたり

2017年1月28日

背中の女がニターッと笑う地獄坂

「お客さん、いつの間にそんな女の人乗せたんや」イラスト(C)合間太郎

 これはおそらく明治のころの富田林での話。綿を扱う八助という商人が、堺で商売が当たり大もうけした。八助は久しぶりに富田林の家に帰ろうと、妻や子どもへのみやげとして、三段の重箱にごちそうを詰めて帰り支度を始めた。しかし、そうこうするうち日も暮れたので、人力車を頼んで乗って帰ったが、妙楽坂にさしかかると急に車夫がゆっくり走るようになり、ついには息切れして車は止まってしまった。

 「どうしたんや」と聞くと「わしにもわからん、急に力が抜けてしもて……」と言いながら車夫が振り向くと、「お客さん、いつの間にそんな女の人乗せたんや。料金は一人分やで」と妙なことを言う。「そんなんおらん、わし一人や」と言っても車夫は「お客さんの後ろから肩にしがみついてニターッと笑ってはるやないか」と言う。それでも「わしの他には誰もおらん」と言うと、「気味悪い、降りとくなはれ、お金はいらんから」と車夫は八助を降ろして、一目散に来た道を引き返してしまった。八助は仕方なく、真っ暗な峠をおっかなびっくり歩いて行くと、何に当たったのか大切な重箱がバシッとたたき落とされた。

 「ひゃー」とびっくりして走りに走り、なんとか家にたどり着くと、夜明けを待って重箱を落としたあたりに人を連れて行ってみた。すると、ごちそうはすっかりなくなって、カラの重箱に狐(キツネ)の毛がいっぱい落ちていたという…。

 ちなみに妙楽坂は昔話によると山あり谷ありで、赤松やぶなの木がうっそうと生い茂り、大八車がやっとすれ違えるぐらいの道だったという。だが、堺から帰るにはこの坂を越さなければならず、そのうえ道が曲がりくねっていたので、車屋仲間からは「地獄坂」と呼ばれ嫌われていた。その名も悪い狐が出て、妙に体の力が抜けて楽になるところから名づけられたようだ。

 (日本妖怪研究所所長)