亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

池田市五月山

2018年8月6日

人と狐のふれあいがあった頃

「かわいい子どもが生まれたね」(イラスト(C)合間太郎)

 情け深い市左衛門一家の話が池田市にある。その一家は五月山の麓に住み、そこそこの田畑を持って暮らしていた。しかし、収穫は天候に左右されるもの。特にその年は少なく、山の狐(キツネ)たちも食べ物に困って里に降りてきた。狐は市左衛門の家で残飯をもらうようになり、いつしか彼の家の裏庭で暮らすようになって、かわいい子狐もたくさん生まれた。それを見た市左衛門は喜んでかわいがり、狐たちも一家になついて人と狐は幸せに暮らした。

 やがて山の食べ物も回復したので、狐たちは市左衛門に何度も頭を下げて山へと帰った。さて翌年の5月。今日から田植えというのに、朝になったら植えるための苗がなくなっている。「どこに行った」と思ったら、なんと田んぼにはもう苗が植えてあり、あたりに狐の足跡がいっぱいついていた。「そうか狐たちがお礼のつもりで田植えをしたのか」と感心したが、そこは動物のやること、人間のようにきれいに並べて植えられていない。それでもまあ、一生懸命にやってくれたんだからと、狐の田はそのままにしておいた。

 ところが不思議なことに、狐の田には雑草や害虫がまったく発生しないのだ。手間がかからないのに収穫の時期には稲穂が立派に育ち、その量も他の田の2倍はあった。この狐の恩返しにうれしくなった市左衛門は、山のあちこち、狐のいそうな所に一家総出で、赤飯のおにぎりと油あげを置いていったという。

 人と狐の心あたたまるお話。後日談として、市左衛門の家のたんすから5円札が出てきたり、神棚から1円札がたくさん降ってきたり、これも狐たちの恩返しと思い、何度も山に食べ物を持って行った。昔話には悪さをする化け狐だけでなく、こんな話もちらほらとある。山の動物と人とのふれあいがあった頃、それはそれほど昔でもない、日本の風景のひとこまだったのである。

 (日本妖怪研究所所長)


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