関西あの人この人

母の生涯に思いをはせ 三門忠司さん新曲

2020年9月9日
「自分のお母さんへの供養の歌と思って歌い、聞いていただきたいですね」と話す三門さん

 「戦後、母は寡(か)婦を通し、女手一つで私を育ててくれました。新曲『あーちゃんの唄』(作詞・もず唱平、作曲・宮下健治、テイチクレコード)は戦争未亡人だった私の母の生涯に思いをはせて歌わさせていただいております」

 “浪花の演歌師”と呼ばれる歌手三門忠司さん(75)の人生は戦後75年とともに歩んできた。三門さんの父忠治さんは1944年、南方に向かう輸送船に乗船中、敵潜水艦により撃沈され、28歳の若さで命を落としたという。「父は私が生まれたことを知りません。私も父を写真でしか知らずに育ちました」

 「あーちゃん」は三門さんの生まれ育った大阪・泉州の下町で呼ばれていた「母親」の愛称。

 歌詞は「女手一つで このオレを 育ててくれたよ あーちゃんは/ガチャマン時代 泉州の/紡績工場の女工さん/日本一の働きもんだった」−と続く。

 三門さんが生まれた泉州は紡績の盛んな地域で、戦後の好景気の時期にはわが世の春を謳歌(おうか)したが、三門さんの母ヤスエさん(享年51歳)は紡績工場の工員として働き三門さんを育てた。歌詞の中の「ガチャマン時代」は「ガチャ」と織機の稼働音が鳴るごとに1万円の利益があったという。

 「どうしてボクには父ちゃんが/いないと訊(き)かれて あーちゃんは/お国の為(ため)に死なはって/今では夜空のあの星と/一番星を指さし泣いていた」

 戦後75年の時勢を象徴する詞が歌を締める。

 1980年、30歳を超えた“脱サラ歌手”としてデビューして以来“三門節”と呼ばれる情感あふれる歌声で「片恋酒」(84年)「雨の大阪」(91年)などが大ヒットを記録。作詞したもず唱平さん(82)は「戦後史を生きてこられたお母さんの歌。母性に訴える曲に仕上がりました」と詞に思いを込める。

 「あーちゃんの唄」は今年デビュー40周年を迎えた三門さんの新境地を象徴する新曲となりそうだ。

 ◇オフィス三門ファンクラブ事務局のメールアドレスはfanclub@sea.plala.or.jp。電話06(6626)4059。



サイト内検索