澪標 ―みおつくし―

お遍路の旅〜貴重な体験穴修行?〜

杉村 春美
杉村繊維工業株式会社・Fabrico・マネージャー 再織手織り教室講師
2020年5月11日

 数年前から、友達に誘われて四国八十八カ所のお遍路の旅を始めた。まだまだ早い、仕事をリタイアしてからと思っていたのだが、十人程のご一行様で回る事になった。白衣に、袈裟(けさ)、杖(つえ)も買い本格的ないでたちだ。なんだかしっくりこない貫禄のないお遍路姿である。一日で約十カ寺、綿密なスケジュールを組み出かける。般若心経を唱えお参りし、納経帳と白衣に御朱印を押してもらう。

 お寺は階段が多く思いのほか重労働だ。膝や太ももにくる。八十八カ所の他にも『別格霊場』が幾つかあり、その中の『慈眼寺』でとても狭い穴を通り抜ける『穴禅定』という修行をする事になった。まずは、汚れてもいい白衣を貸してもらい、身幅を測り大きい人は入れない。ろうそくを一本ずつ渡され順番に火をともしてくれる。ろうそくの明かりだけを頼りに導師さんの案内の元、真っ黒な細い鍾乳洞を通り抜けていく。

 「さぁここから入ります」。先が見えない穴ひとつ。「ええ? こんな人ひとりしか入れない洞窟、それも真下に空いた穴に入っていく?」。前の人はどんどん吸い込まれて見えなくなる。足元はぬれていて滑りやすい。細心の注意が必要である。ろうそくを持っているため、自由がきくのは片手のみ。思った以上に体力のいる修行である。

 一人がやっと入れる真っ黒な穴を、下りたり上ったり、時にははいつくばって進んでいくのだ。こんな四国の山の岩場に、こんな長い洞窟があったなんて。「右肩を先に入れ次は左肩、手は万歳して産道を通るようにくるりくるり回って下りて下さい」。先頭を歩く導師さんが最初の2、3人に通り抜け方を教え、それを次々と伝えていく。

 ひとつ難所が終わったと思ったらまた難所が。「おなかがつかえて通らへん。痛い〜」と少々太めの人の声が上の方から聞こえる。「あんた、もうちょっとおなか引っ込めて。あかんわ。もっともっと」と下にいる人で必死で両足を引っ張って助けてあげた。後ろからは「きゃー尻もちついた」「火が消えた!」と、ろうそくだけの闇の中に叫び声が響く。

 1時間ほど進むとやっと広場に出て、そこで般若心経を唱え、来た道を引き返した。約2時間、ようやく洞窟から出た仲間の白衣は乱れ、顔にお尻に泥がべっとりついている。「あんな修行があるなんて」。みんなほっとして、異次元から帰ってきたような顔をしている。不思議な体験『穴禅定』だった。

 それから一年かけて、お遍路八十八カ所を回った。回り終えた3月末、ガンで父が亡くなった。お遍路で作った御朱印の押した白衣があるのが、頭に浮かんだ。自分のためにと作った白衣だったが、痩せ細った父にかけてあげた。父の顔がふっと浮かび上がった気がした。最後にかけてあげることができて、作ったかいがあった。

 今はコロナで、お遍路3巡目も中断している。また回れる日が来れば「平和で穏やかな日々が送れるように」と、命あるありがたさに感謝し、お参りしたいと思う日々である。『つらくてもまた朝が来る春も来る』。辛抱の時期だ。

 (和歌山県橋本市、すぎむら・はるみ)



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