来阪catch

広野町の歴史を背景に

ドキュメンタリー映画 「春を告げる町」
監督 島田 隆一
2020年3月21日

「復興の形を記録したい」

「町の復興を町の歴史と一緒に考えたかった」と話す島田隆一監督=大阪・十三の第七藝術劇場
「春を告げる町」の一場面(C)JyaJya Films

 東日本大震災の被災地である福島県双葉郡広野町で撮影されたドキュメンタリー映画「春を告げる町」(東風配給)が28日から大阪・十三の第七藝術劇場で公開される。震災後6年の2017年から翌年にまたがって撮りあげた島田隆一監督(38)は「東北広野町の歴史を背景に、復興の形を記録したいと思って作った」と話す。

 島田監督は東京都出身で日本映画学校(現・日本映画大学)ドキュメンタリーコースを卒業。在学中に撮ったドキュメンタリー映画「ドコニモイケナイ」(2012年)で日本映画監督協会新人賞を受賞した逸材。「初めは劇映画をやろうと思ったが、当時、ドキュメンタリーの『home』『あんにょんキムチ』といった面白い作品があって、こちらのコースを選んだ」と振り返る。

 「ドコニモ−」は東京の街で出会った歌手志望の19歳の女の子を追いかけた作品で「突然、統合失調症になって自分の居場所をなくしてしまう話。9年後に彼女の田舎の佐賀まで会いに行って映画は完結した」という。その後、筑波大創造的復興プロジェクトが制作した「いわきノート」に編集として参加し、福島県広野町で行われたワークショップに加わる。「広野町役場の加賀博行さんからここで記録映画を撮ってください」と請われて映画第2作の企画はスタートした。

 「震災から6年がたっており、何をどう撮るか悩んだが、被災者で8割の人たちが町に戻っている広野町の現状を約1年見ていたので、自分は被災者ではないが、部外者でもない、その中間にいる、見届け人みたいな立場で広野町の人たちを見つめようと思った。町には火力発電所があり、原子力発電所から20キロ圏内にある。昔はキョウリュウの町という歴史もあり、そんな背景のつながりを考え、復興の途にある町の姿と、人々を記録しようと思った」

 仮設住宅を出て広野町に帰ることになったお年寄りたちが集まって「みんなと別れるのは寂しい」とこぼす言葉は寂しそうだが、表情は明るい。高校演劇部生徒たちが演じる「復興とは?」という芝居にも「町のこれから」がにじんでいる。「次は何ができるか。町の老若男女の人たちは決して暗くない、乾いた笑いがある。震災未体験者も含めた若い人たちに復興の形を引き継いでもらいたいと思いながら、この映画を作っていたような気がする」

 復興五輪の東京五輪聖火ランナーは東北広野町からスタートすることが決まっている。



サイト内検索