戦跡を巡る 戦渦を超えて75年

 今年は戦後75年の節目。戦争を体験した世代が少なくなる中、ちまたには軍関連の遺構や空襲の傷痕、犠牲者を悼む慰霊碑など、もの言わぬ戦争の証言者が現存している。しかし華々しい開発の陰で姿を消した戦争遺構も多く、運よく保存・転用されているものはごく一部にとどまる。令和の新時代を迎えてなお、人知れず戦争の戦渦と恒久平和を無言で訴える戦跡を写真で紹介する。

戦跡を巡る 戦渦を超えて75年(23)

2020年8月2日


巨大防空壕跡(兵庫県加西市)

 鶉野(うずらの)飛行場跡地周辺には、多くの防空壕(ごう)が残る。最も大きな地下防空壕は神戸大の敷地内にあり、長さ14.5メートル、幅5メートル、高さ5メートルの空間がある。自力発電所として使用され、現在は市が映像作品を上映するシアターとして毎月第1、第3日曜日に公開している(要予約)。


対空機銃座跡(兵庫県加西市)

 鶉野(うずらの)飛行場や軍事施設を攻撃してくる戦闘機を迎え撃つためのもので、地下室も完全な状態で残る。設置されていた機銃は「25mm連装機銃」と呼ばれ、1分間に230発の弾を高さ5千メートルまで発射できた。



北条鉄道法華口駅(兵庫県加西市)

 太平洋戦争中は、姫路海軍航空隊への最寄り駅で、鶉野(うずらの)飛行場で働く兵隊や工員が利用した。駅舎は1915(大正4)年の開業当時から変わらない国登録有形文化財で、現在は地元の米粉を使ったパンを販売し、人気を集めている。


爆弾庫跡(兵庫県加西市)

 砲弾や爆弾、戦闘機に装備した機銃弾などを保管していた。コンクリートの厚みは壁70センチ、天井1メートルもあり、1トン爆弾にも耐える構造といわれる。内部はアーチ状で、奥には換気口が設けられている。



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