金井啓子の現代進行形

“近大革命”の仕掛人はこの人

2017年11月30日

いまや“早慶近”!?

 「他大学の人たちはみんな賢そうだし、私、絶対に自分からは大学名を言わないようにしてる」「エントリーシートに自分の大学は東京大学って書きたいわー」−。これはある日、勤務する近畿大学のキャンパスでたまたま耳にした学生の会話である。また、私が10年近く前に近大への転職を決めた時、私と同世代の複数の知人に「なぜあんな大学に行くの?」と聞かれたりもした。これらの言葉の根っこにあるのは、日本の大学を偏差値でくくれば、近大は「あまり価値が高くない大学のグループ」に属するという考えだろう。

 そういった今の大学の序列に疑問を感じ、それを破壊しようという考え方を持つひとりが、つい最近『近大革命』(産経新聞出版)を出した近大の世耕石弘総務部長である。近大について少しでも詳しい人ならば、近大が彼の祖父である世耕弘一氏によって設立されたことは知っているだろう。そんな“オーナー一族”である石弘氏とは、彼が近鉄から、私がロイターから近大に転職した時期がほぼ同じだったことから、お互いに“同期入社の仲間”と呼び合って来た。

 正直に告白すると、同じ転職組であっても世耕ファミリーの一員なら仕事もさぞやりやすいだろうと、広報・広告の仕事に取り組む彼を羨望(せんぼう)半分皮肉半分で見つめることもあったが、コトはそんなに簡単ではなかったらしい。むしろオーナー一族が“民間企業の論理”をアカデミックな世界に無理やり持ち込んだとして、“異端者”が冷たい目で見られることも少なくなかったようだ。

 それでも、ご存じのように近大は入試の総志願者数が4年連続日本一となった。数が全てではないが、18歳人口が本格的に減り始める“2018年問題”が深刻に受け止められている中で、やはり数は大切である。もちろんそれは世耕氏ひとりで成し遂げたことではない。それでも、彼が陣頭に立った常識破りの広報・広告戦略が大きく奏功したことは間違いない。今年も「早慶近」の大きな文字が躍る正月恒例の広告を見た私は思わず「勘弁してくれよ」とうなったが、批判ばかりが強いわけではなく良い意味でも大きな注目を集めた。

 ただし、大きな変化を遂げた近大に対し、学内で働く全員が喜んでいるわけではなく冷ややかに見ている人もいる。また、冒頭に書いたような気持ちを持つ学生がまだいるのも現実である。それでも変わる素地があったことは将来への期待を抱かせる。だから、広告だけが常識を破って変化するのではなく、教育の部分に携わる私自身も変わるべきところは変わらねばと感じさせてくれるのだろう。

 今回のコラムでは、これから『近大革命』を読む人にネタバレになっても困るので、詳しくは書かない。でも、どうせ同僚を褒めたたえる手前みそだろうと思い込まずに手に取れば、価値のある本だと感じてもらえると思う。

 (近畿大学総合社会学部教授)