金井啓子の現代進行形

黒板のスマホ撮影は是か非か

2017年12月7日

礼儀と脳活動のはざまで

 数週間前に150人近くが受講する大教室の授業で、提出課題に関するスライドを映し出した時のこと。「カシャ、カシャ」という音が鳴り響いた。スマートフォンのカメラで写真を撮影する、いわゆる「写メ」のシャッター音である。

 「先生が黒板に書いたものは手でノートに書き取るもの」と当たり前のように思って育ってきた私。その私が、数年前に少人数クラスを研究室で教えていた時に、黒板に書いた言葉を学生がスマホで撮影するのを初めて見た時の驚きと戸惑いは、今も鮮明に覚えている。

 そういった光景はその後も減ることはなく、むしろ頻繁に目にするようになっていった。私の戸惑いは、新しい道具を使ったという若い世代への嫉妬が主な理由ではなかった。手書きよりも要する時間がはるかに短く“手抜き”にも思える写メに「自分の板書が軽んじられ小ばかにされたような気持ち」に私はなったのだと、今にして思う。

 当初は「写メではなく、手書きでメモを取りなさい」と指導したと記憶している。だが、そのうちに「写メを嫌がる人もいるからできれば手書きの方がいいけれど、どうしても写メを撮りたい時は相手に一声かけなさい」という言い方に変えた。「先生が黒板に書いたものを写メで撮るのは無礼で、やってはいけないこと」という“常識”の理由が自分でもだんだんわからなくなってきたからかもしれない。

 ある友人に私の迷いを話したところ、その友人は別の理由で手書きを勧めたいと語った。スマホ撮影には“記念”と“記録”の側面がある。前者は旅先の風景やきれいに盛り付けられたレストランの食べ物の撮影。今回の教室内の撮影は後者である。

 だが、友人いわく、講義を聞く学生の頭脳には、単なる記録だけではなく「考える」「思索する」活動も求められる。黒板の文字をノートに書き写すのは記録と同時に記憶を高め、書きながらも教員の説明していることを考えていたり、考えながら書いているという。

 ところが、写メの場合、「あとで見直せばいい」という考えが先に立ち、記憶も定かでなくなり、ましてや考えるという脳活動もおろそかになるのではないかと友人は考えているのだった。友人は、風景や食事の“記念撮影”も自分の目を通じて心に焼き付けるプロセスを省略しており、記憶や印象に残っていないのではないかとも話していた。

 ちなみに、就職活動を終えたゼミの4年生たち数人に「就活中に企業の黒板などに書いてあったことをスマホで撮ったことはあるか」と尋ねたところ、誰もやっていなかった。ただし、ある企業の選考を同じ部屋で受けていた別の学生がやって企業の人から注意されていたのを目にしたという例はあった。

 たかが写メ、されど写メ−。どうするのがベストなのか、これからも葛藤は続きそうである。

 (近畿大学総合社会学部教授)