金井啓子の現代進行形

相互の意思疎通に共通語は必需

2019年1月10日

コミュ力を高める熟語や慣用句

 2018年の「今年の漢字」は「災」だったが、平成最後かつ次の時代の元年となる2019年はどんな漢字が選ばれるのだろうか。「災」のような苦しみを連想させず、明るさを感じさせる漢字になればと思いながら想像するのは、気が早いが楽しいものだ。

 365日間にはさまざまな出来事が起こるのだから、本来たった1文字で一年を言い表せるはずもない。それでも、毎年ひとつの文字が選ばれて、「そういえばそんな年だったね」と納得できてしまうのは、やはり漢字の持つ“コミュニケーション能力”が高いからだろう。

 ところで、私が大学で担当する日本語の書き方を主に学ぶ講義では、3週間に1度テストを行っている。漢字の読み書き、四字熟語、ことわざ、慣用句を書かせたり、選択肢を選ばせる内容だ。試験が終わると学生の間からため息が漏れる。そして、採点をしてみると、今度は私自身がため息をつく番である。苦戦している学生がかなり多いからだ。私が所属する専攻では、メディア関連の企業を目指す人が多い。一般企業でもそうだろうが、メディア関連企業の筆記試験では特にその能力を問われるため、勉強を促している。

 では、そもそもなぜこういうテストを行って、点数が悪ければもっと勉強するように促すのだろうか。「漢字や言葉を知らないとバカだと軽蔑されるから」だろうか。実を言うと、私はその問いに対する明確な答えを持っていなかった。ただなんとなく「漢字や言葉を知っていたら便利そうだから」ぐらいにしか思っていなかったのだ。

 だが、つい最近考えが変わった。共通のコミュニケーションの道具である言葉を共有していなければ、伝えるべきことが伝わらないから、漢字を学び、四字熟語、ことわざ、慣用句を知る必要があるのだ。それを実感したのは、ある少人数授業の受講者同士でごく短い人物評を書かせた時のことだった。Aさんが誤った漢字を使ってBさん評を書いていたため、AさんがBさんのことをどう思っているのかが全く伝わらなかったのだ。しかも、前回の授業でそれを書いたAさんが欠席だったため、残された私たちは迷走状態に陥ってしまったのだった。

 今回のケースはまだ学生だからいい。だが、政治家など要職に就く人が漢字を読み間違えたりするとヒヤリとする。「●●議員はバカだ」で済めば御の字だが、彼らの誤った言葉ひとつで外交や経済が動きうるのだ。

 来年の今頃は、次の時代の最初の一年を振り返っていることになる。どんな1文字が選ばれるのかあまり楽観的になりきれないのは、予想外のことが多く起こった昨年のトラウマでもあるかもしれない。それでも、日本語話者が共有している豊かな言葉の海の中から、たった1文字が選ばれるというのはほのかな興奮を感じさせる。それが時代の変わり目であればなおさらだろう。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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