浅野秀弥の未来創案

【25年万博パリ辞退の波紋】

2018年2月1日

70年大阪万博の夢追うな

 パリが2025年万博から撤退を発表。ライバルはロシアとアゼルバイジャンの2都市となり、大阪では早くも「行き場を失った欧州票を取り込めば勝ち」と大阪誘致実現へ前のめりだ。だが、ちょっと立ち止まって考えてほしい。浪速っ子の夢は1970年大阪万博の夢再現だが、当時と今では場所も背景も都市としての力も違いすぎる。

 70年に千里丘陵で開催されたアジア初の万国博は大成功に終わり、玄関口となった千里中央駅は都市整備や高速道路網開発で北大阪地域の拠点となった。当時万博会場には同駅から電車が乗り入れたが、会期終了後はいったん廃線。大阪モノレールが全線整備されたのは後年のことだ。

 一番府民になじみがある、俗に南港と呼ばれる咲洲は、地震で液状化現象を起こし、橋下知事が咲洲庁舎として買い取ったATCはもちろん、アジアの貿易拠点であるはずのWTCも人里離れ惨憺(さんたん)たる状況に陥っている。公共交通は地下鉄中央線からのニュートラムだが利用度は低く、インテックス大阪で大型イベントがあれば駐車場周辺はごった返す。

 誘致失敗した大阪五輪予定地の舞洲はさらにひどい。整備し物作り体験交流地と位置付けられたが、今やごみ焼却場とトラック置き場と化した。イベント時に車8千台程度が行き来すれば大阪市側から狭い橋を渡って舞洲にいたるのに2、3時間掛かり大渋滞、当初期待の集客にはほど遠い。まして夢洲で万国博開催となると、舞洲からさらに西に突き出た孤島だけに、アクセスの悪さは命取りだ。

 70年大阪万博並みの交通アクセス力実現には、地下鉄だけでなく京阪中之島線やJR桜島線などの同時延伸だが、将来採算が取れないので相当な補助をしないと事業化は無理。中国、台湾、韓国などから大阪を訪れる外国人観光客は確かに増え続けているが、外的要因をアテにしての開発は相手国思惑でパタッと客足がやみかねず不安定要素が強い。

 時は移り、少子高齢化が進む大阪で新たな海上都市開発が本当に必要なのだろうか? 時代背景を考えれば、パリが誘致辞退した行為はまことに勇断と評価できる。

 あさの・ひでや(フリーマーケット=FM=社社長、関西学生発イノベーション創出協議会=KSIA=理事長)1954年大阪市生まれ。わが国のFM創始者で日本FM協会理事長。関西経済同友会幹事。数々の博覧会等イベントプロデュースを手掛ける。