澪標 ―みおつくし―

繋ぐって素敵(3) 文化を繋ぐ(文化協会の役割)

祐仙 淳子
井ハラ書房編集長
2018年9月28日

 私の住む町に「泉大津市文化協会」なるものがある。私は、そこで発行する「文化協会だより」の編集をメンバー7人で行っているのだが、実は悩みが一つあった。

 その新聞は年3回発行され、全会員に配布される。内容は、文化協会のさまざまな行事や文化に関するニュースである。手前みそではあるが、内容は濃く、全カラーで会員(絵画・写真・書・華道・日本舞踊等々)の作品や活躍する様子が心に届く、ちょっとすてきな紙面になっている。悩みというのは、高齢化によって徐々に会員数が減り、発行部数も減り、今後の文化協会をどう繋(つな)いでいくかという事である。「高齢化時代で仕方ないよ」とお思いだろうか。

 また、文化協会とは何なのだ、と言われる方もおられるだろう。実は戦後、日本の全市に文化協会はつくられた。泉大津市文化協会も昭和24年に発足したのだが、それはちょうど敗戦から4年たち、人々の生活が物心共に困窮しながらも復興に向けて懸命に励んでいた時代である。日本国は「平和憲法」を制定し、平和と文化を推進するために全国各地に文化協会の設立を要請したのが始まりである。

 各市によって、文化の進め方や特色はさまざまだが、私の関わる泉大津市文化協会では、先の絵画・写真等々20の部と5の事業部会があり、それぞれの活動以外に新聞の発行や、春と秋のバスツアー、歴史探訪に歴史講和、文化祭・会員作品展とさまざまな文化の交流や発表を行っている。

 私が入った時には会員が約600人余りいた。それから早や7年がたち、現在では400人程に減っている。なんとかしたいと、みんなが考える。試行錯誤が始まる。新しい取り組みもやってみる。アピールポイントを、文化協会で広がる四つのチャンスと題して「歴史探訪など教養の場」「バスツアー等、親睦の場」「作品展や様々な創造の場」「文化祭を代表とする発表の場」と掲げて紹介活動も行った。こうして伝え、広く知ってもらおうと尽力しても、なかなか周知はおぼつかない。

 そんな中、来年は創立70周年を迎える。私たちは、「70年の歩み」という記念誌を発行すべく取材や過去の出来事の編さんを行っていた。有識者にも集まっていただいて「高齢化社会の中の文化協会と今後のあり方」という座談会を持つ機会を得た。さまざまな立場から、ハッとするような示唆も頂き、文化協会もこの時代にどんな方向を目指していくべきなのかを、違った視点で眺める事ができた。高齢化だからと言い訳していた考え方を、まったく反対の視点に変えて「今まで仕事などで文化活動に参加できなかった人たちが、ようやくそうしたことに触れていける」チャンスと捉えれば、と気づかされたのだ。

 また先日、バスツアーで国生み神話の島「沼島」へ行った時の事。その感動を、写真で撮り、俳句に詠み、川柳で楽しみ、と参加した人がそれぞれの感性で表現される事に私はちょっと感動を覚えた。同じ出来事を、絵や歌や写真やそれぞれの感性で表現する事は、人間としての素晴らしい文化力だと思えた。

 会員数が減少していく文化協会を、どうして繋いでいけばいいのだろうと思案する一方で、私は文化協会の持っている素晴らしさをいっぱい肌で感じて知っている。

 やはり、それを地道に伝える努力を続けていく事に尽きるのではないかと、つらつら考えるのだった。

 (ゆうせん・あつこ、大阪府泉大津市)



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