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北市民館模型=
大阪くらしの今昔館蔵

 
なにわ人物伝 −光彩を放つ−


宮川 松安 (下) ―みやがわ しょうあん―  

次々新ジャンルに挑戦  
2007/06/23

三善 貞司

 大正十(一九二一)年、大阪市は社会事業の一つに、初めてセツルメント(生活向上を援助する施設)「北市民会館」(北区)を建設、市長池上四郎らは開会式のアトラクションに宮川松安を招いた。

 得意の赤穂義士伝を一席弁じて控室に戻ってきた松安に、志賀館長は失礼なことを言う。

 「あなたの人気は大したものです。しかし一部の知識人たちは、浪曲は芸術ではないと軽蔑(けいべつ)している。なぜかお分かりですか」

 志賀館長は東京帝国大学を卒業し、大阪キリスト教青年会に入って社会奉仕していたのを市長池上四郎が目を付け、館長に引き抜いた若者だ。

 「それは浪曲にいい本がないからです。内容は幼稚な義理人情で、時代錯誤も甚だしい。現代的な社会性が全くない。どうです、わたしが書いてあげましょうか」

 と続ける志賀のことばに、周りは震え上がった。素人の学士サマが何ぬかす−と誰もが思った時、松安は深々と頭を下げた。

 「先生、お願いします」

 こうしたいきさつがあって志賀が書き下ろした作品が「関東大震災」「ああ森訓導」「一太郎やあい」などで大ヒットする。特に軍国の母として戦前の教科書にも載った「一太郎やあい」は、軍靴の音が響く大日本帝国下にあって、なんともいえない母子の愛情を熱い涙で描き、大衆からインテリ学者まで酔ったように感動した。

 これらはいずれもレコード化され、全国津々浦々に流れるが、松安は印税のすべてを北市民館に寄付し、これで付属幼稚園を創建している。これ以後、彼は社会奉仕に浪曲の意義を見い出そうとする。演題も「方面委員制度」「国政調査」「普通選挙」などとなる。そんな松安を親友の日吉秋水は、「お前のは邪道や。浪曲は一日の労働でくたびれた大衆を慰め、癒やすためにある。お前のは羽織袴(はかま)で威儀を正して聴けというようなものや。かえって疲れてしまう」と忠告したが、耳を貸そうとはしなかった。

 昭和八(一九三三)年、松安は志賀館長作「御製より拝し奉る明治大帝」を、斎戒沐浴(さいかいもくよく)して直立不動のまま、一時間以上も語り続ける。恐れ多くも陛下を浪曲に仕込むとは−と目をむいた軍部も政治家も貴顕紳士たちも、演じ終えた時には万雷の拍手を浴びせた。大臣や師団長(軍の各部隊を統合した司令官)、知事・市長らが主催する会合にも招かれ熱演する彼を、浪曲師仲間は特権階級にこびて大衆から離れていくと批判したが、松安は気にも留めず、次々に新しいジャンルに挑戦する。

 時雨音羽や野口雨情、あるいは山田耕筰(やまだ・こうさく)を訪ね、浪曲に詩情や音楽性を持ち込もうとした松安は、昭和九年、志賀館長作の「釈迦伝・出城の太子」を、中之島(北区)の中央公会堂で口演した。これは志賀が藤井清水(有名なピアニスト。歌手赤坂小梅の夫)に頼んで、初めて五線譜にした浪曲で、当日の伴奏も三味線ではなく清水がピアノで勤めるまさに異色の芸術である。

 舞台に上がった松安は、まるでむせび泣くように、若き日の釈迦が苦悩と絶望のどん底で修行する姿を熱演したが、あまりにも浪曲の一般概念とかけ離れていたため、「まるで赤飯でカレーライスを作ったようだ」と、世間は酷評、これを機会に異端者だとか単なる目立ちたがりだと批判され始める。浪曲史ではこの譜面付き浪曲を、「楽浪曲」という。

 太平洋戦争が近づいてくると社会は娯楽どころではなかったが、それでも天満(北区)の「国光席」に上がった若い南条文若に人気が集まっていた。うまいなあ、奈良丸師匠にそっくりや−と感心した松安は、舞台を下りてきた文若にこう言った。

 「あんた、いい声してはる。そやが今の発声法なら、いきづまってしまいまっせ」

 文若は素直に手をついて「先生、お教えください」と頭を下げる。松安は手ほどきだけだっせと妻の寅代に三味線を弾かせ、けいこをつけてやる。この文若がのちの三波春夫だ。

 戦時中、軍隊の慰問のため満州に渡った松安は、突然のロシア参戦に巻き込まれ、行方不明となる。同二十二年帰国したとき頭部に負傷しており、手足はしびれ言語にも障害が出ていた。

 松安は芸界になじめなかった。生活は質素で食事は二食主義、好物はとろろをかけた麦ご飯。これといった弟子も持たず、戦後も煙たがられた存在である。同二十八年の引退興行が最後で姿を消し、同三十九年七月、七十八歳で死亡した。

(地域史研究者)


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