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なにわ人物伝 −光彩を放つ− 大浦 兼武(おおうら かねたけ) 先進取り組み府警に功績
2008/03/15
三善 貞司 大浦兼武は明治時代に横暴な軍隊と渡り合った「松島事件」の立役者で、大阪府警本部長を務めた痛快な男である。 事件は明治十七(一八八四)年一月四日に起こった。松島遊郭(現西区千代崎町)をパトロールしていた西警察署の警官が、登楼中の二階にいた数人の兵士から、頭に小便をひっかけられる。怒った警官が駆け上がると、兵士たちは酔いも手伝ってからかうありさま。感情的になった警官は二、三の若い兵士を交番に連行した。 誠に子どもじみた事件だが、仲間の兵士が鎮台(ちんだい)(軍団本部。大阪城内に置かれた)に通告したからさあ大変。「陛下の股肱(ここう)(手足)たる兵を侮辱するとは許さぬ」とあっという間に千数百の兵士が集まり、奪還に駆けつける。西警察署も非常召集をかけ、六百数十人がおっとり刀で現場に到着した。 こうなるには前座がある。五日前の大みそかの夜、ホロ酔いの兵士三人が交番で時間を尋ねたところ、言葉の行き違いからけんかになり、巡査は帽子を奪われ袋だたきに遭った。また、一月二日に平野町(現中央区)で歩き方をめぐって兵士と巡査が衝突、数人が殴り合うトラブルも起こっている。軍隊と警察はエスカレートし、互いに相手の非を見つけてとっちめてやろうと犬猿の仲になっていた。 当時の軍隊は西南戦争の勝利で天狗(てんぐ)になり、陸軍卿(大臣)山県有朋(やまがたありとも)の天皇直属思想がしみついて、統帥権(兵士の指揮権)の独立と称し、「法律はどうでもよい。上官の命令しか聞かぬ」と下っ端まで増長する。一方、警官には青雲の志を抱いて都会に来た地方出身の才能ある若者が多く、法を厳守する武士道のような気概を持ち、両者とも「体面」「面目」を最高のモラルと考えていた。 たちまち鬨(とき)の声を上げ、抜き身を振りかざして両者は激突する。こらおもろいとやじ馬は何千人も集まり声援を送るから戦場のような騒ぎになる。その修羅場に飛び込んだのが乗馬姿の府警本部長大浦兼武であった。 兼武は嘉永三(一八五〇)年、薩摩藩士の家に生まれた。藩主島津侯にかわいがられ戊辰(ぼしん)戦争に参加、上野戦争や会津攻撃では武功をあげ、明治四(一八七一)年警察制度が発足すると司法省の警部に選ばれる。さらに西南戦争では官軍の中隊長を務め、雌雄を決した有名な田原(たばる)坂の決戦では、抜刀隊を率いて大活躍、雷名天下にとどろいた千軍万馬の猛者であった。同十五年大阪府警本部長に就任、まだ三十二歳の働き盛り、豪放磊落(らいらく)な人柄で部下たちの信頼を集める。当日兼武は陸軍中尉の軍服姿で年始回りをしており、そのまま駆けつけたため、兵士たちは師団長直属の週番士官が来たものと早合点した。 「引け! 者ども。引かんか!」 なにしろ何度も死線をくぐった男だ。田原坂で鍛えた自慢の大音声で叫ぶから迫力満点、上官の命令ならやむを得ぬと後ずさりする。警官たちも自分らの本部長の指図だから従わぬわけにはいかず、二時間たらずで騒ぎはひとまず収まった。 しかし、兵士側に死者二、重軽傷四十余人、警官側に重軽傷十数人が出る。人数は倍近く上回ったのに死傷者が多かった鎮台側は、これでは威信にかかわると府警本部長が週番士官に変装して現場で指揮を執り、兵士たちを油断させたのが大きな原因だと、兼武の責任を追及する作戦に出る。これにはさすがの兼武も参ったが、鎮台の参謀長佐藤正中佐は田原坂の戦友の一人だ。直接会って事情を説明すると出掛けたが、そこは生一本の性格、小便騒ぎからのいきさつを語り、警察の正当防衛だ、貴様(きさま)たち軍はたるんどると怒鳴ったから、かえって火に油を注いだ。 事件は陸軍と内務省の対立にまで発展、太政(だじょう)大臣(現首相)三条実美(さねとみ)を悩ませる。結局司法裁判となり、府警本部の永田警部と西署長岩田警部は部下を掌握できなかったとの理由で懲役七年、兵士側も上官数人が軍法会議にかけられ禁固四年、兼武は仲裁した功労者でおとがめなしの判決が出る。永田・岩田両警部は兼武が無罪だったことに満足し、再審も要求せずさっさと服役した。 兼武が大阪府警に残した功績は数多い。警察電話の導入、科学的鑑識法の採用、特に交通整理に次々にアイデアを出したのは注目される。日本では初めてではなかろうか。警視総監から農商務大臣・内務大臣も歴任、貴族院議員にも選ばれ政治家としても活躍。大正四(一九一五)年公職から引退、鎌倉に閑居して同七年十月、六十八歳で他界した。(地域史研究者) |
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