来阪catch

我が身を重ねながら

ドキュメンタリー映画 「まだ見ぬまちへ〜」
監督 青池 憲司
2018年3月10日

コミュニティーの再生

「身近な問題として見てもらえれば…」と話す青池憲司監督=大阪市内
「まだ見ぬまちへ 石巻・小さなコミュニティの物語」の一場面

 あすで東日本大震災「3・11」から丸7年になる。ドキュメンタリー作家の青池憲司監督(76)が宮城県石巻で震災後から6年半かけて撮った映画「まだ見ぬまちへ〜石巻・小さなコミュニティの物語〜」が10日から、大阪・九条のシネ・ヌーヴォで公開される。「コミュニティーの再生の様子を我が身に重ねて作った」という青池監督に話を聞いた。

 青池監督は「ベンポスタ・子ども共和国」などで知られるドキュメンタリー作家。阪神・淡路大震災後を記録した連作「野田北部・鷹取の人々全14部」「阪神大震災 再生の日々を生きる」を発表。東日本大震災関連で「3月11日を生きて〜石巻・門脇小・人びと・ことば〜」「津波のあとの時間割〜石巻・門脇小・1年の記録〜」を撮った。

 「1993年に神戸で、映画で招いたサーカス団に関わっていた。その後の95年に震災が起こり、多くの友達のことが心配になって鷹取のまちに行って、そこに5年半いて映画を撮った。同じように今度は2011年に宮城県仙台で映画の上映会をやっているとき、震災が起こった。これも…と運命的に思った」

 石巻では友人の学校の先生らに頼まれ、半壊して残った山の麓にある門脇小学校の生徒が山台に建った仮校舎で受ける授業風景を1年かけて撮った。「それを2本の作品にまとめたが、まちのその後の再生を見届けなければと、我が身を重ねながら、今度はまちと大人の人たちの生活を追いかけた」

 震災以前の石巻の3町、門脇、南浜、雲雀野は住宅、商店、小学校、保育所、事業所、病院などがあり、世帯数1772、人口4423人。津波で356人が亡くなり、142人が行方不明に。家は10世帯が残っただけでまちはほとんど流され全壊した。神戸の場合はひどくても家の土台が残ったが、石巻は何も残らない状態だった。

 「残った家の主人と奥さんがまちの復興のための第一歩として、小さなコミュニティー会を作った。まちの状況と同時に地域社会コミュニティーの再生を追っていった。僕は千葉県の出身で地元ではないが、少しおこがましいと思いながら『私の地震』というポジションでカメラの後ろに立ったつもりだった」

 少しずつ復興は進んでいたが、6年半という時間は長く、それが進んでいるか不安になったこともあったという。「神戸のときのように地元民と行政の間のゴタゴタもなく、まちの人たちの表情も柔らかいし、反応が少ない。それでも、コミュニティーの人も増えその表情も明るくなっている。それが復興の証しなのだろう」

 映画は2時間25分で完成した。「試写会で多くの人が『身近に感じた』と言ってくださっている。コミュニティーの問題は全国共通で、普段の暮らしの中にも多くある。プロセス活動に完成形はないと思うし、映画のタイトルはそんな思いを重ねている」

 10、11日は第13回大阪アジアン映画祭の連携企画として午前10時40分から上映後に青池監督の舞台あいさつがある。



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