日曜インタビュー

死んで泣いて笑って・・・

映画「エミアビのはじまりとはじまり」
監督 渡辺 謙作
2016年8月21日

お笑い芸人の再生描く

「8年ぶりの監督作で初心に返った」と話す渡辺謙作監督=大阪市北区のシネ・リーブル梅田
森岡龍(左)と前野朋哉(C)2016「エミアビのはじまりとはじまり」製作委員会

 映画「舟を編む」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した渡辺謙作が、8年ぶりに監督に戻って撮った新作「エミアビのはじまりとはじまり」(ビターズ・エンド配給)が9月3日から、シネ・リーブル梅田で公開される。「お笑い芸人の再生を、死んで泣いて笑って…という展開で描いた人間喜劇」という渡辺監督に話を聞いた。

■8年ぶり監督に

 −新垣結衣主演の「フレフレ少女」以来8年ぶりに監督業に戻った。

 いろいろ企画があって脚本も書いたのだが、残念ながら流れることが多かった。「フレフレ少女」は女子応援団のヒロインを描いた青春映画で、応援団が好きで撮った作品だった。あれから8年で、僕の周囲でいとこや仲良くさせてもらっていた俳優の原田芳雄さんらが亡くなった。若いころは誰の死にも鈍感だったが、近年は身近な人の死がこたえるようになってきた。

 −そのことが新作を撮るきっかけに?

 俺も年をとったなあと思いながら、これではいかんと思った。人間、日に一度は笑うと思うけれど、笑っているときに近しい人の死という事件が起きると、なかなか笑う気になれない。しかし、それを引きずって生きていることはできない。日常に返るってことは「笑う」ことではないか。それがこの映画の脚本を書くきっかけになった。

 −お笑い芸人の漫才コンビが主人公だ。

 「死」「泣く」「笑う」を一つのセットにして、「死んだら泣いて笑え」という物語。その「笑い」を表現するにはそれを職業にする人を主人公にした方がいいと、漫才師にした。僕は自分が撮った作品は自分で脚本を書く場合が多いが、初めから箱書きをするタイプではなく、時系列を考えずに、まず思いついたシーンから書き始める。今回は特に映画の初心に戻って書いた。

■M−1に出場

 −実道(森岡龍)と海野(前野朋哉)が漫才を始めるシーンから始まる。

 漫才は好きだが、ネタを書くのはなかなか難しい。10本くらい書いて、その中で2人がやりやすいというか、合うものをやってもらった。カットを割らずワンシーンでやってもらったので、2人は大変だったと思うが、漫才は撮影に入る前から練習していたようで上手だった。撮影が終わって、2人はテレビの「M−1グランプリ」の予選に出場した。

 −それで第1回戦は通過したとか。

 びっくりした(笑)。できたら最終まで行ってほしいが、どうなるか。映画はこれから売り出そうという漫才師の一人、海野が冒頭から死ぬことになる。実道は女性マネジャーの夏海(黒木華)とこれからどうするかと悲嘆にくれる。海野は車に先輩芸人の黒沢(新井浩文)の妹・雛子(山地まり)を乗せて交通事故に遭って死なせている。

 −その死んだ海野と雛子が全編に登場する。

 死んだ者は当然幽霊で、相手に姿は見えないが、映画では見えるので、笑ってもらえるし、生者と死者の話がつながって展開する仕掛け。死者は簡単に動けるのでどこへでも行ける。海野と雛子の生前の付き合いを思わせるラブストーリーを描きながら、現世の実道と黒沢が新しく漫才コンビを組んで人生を切り開いていく姿を重ねる。そこに死と再生の普遍的な青春映画が生まれる。

 −話の展開に飛躍みたいなところがある。

 それは「上下感」だと思う。話の展開に「跳ぶ」という間を入れた。例えば海野と雛子がパーキングで3人の暴漢の襲われるシーンで海野が「跳ぶ」ところがあり、一見シュールに見えるが、暴漢が怖いので必死に逃げるには「跳ぶ」しかない。ファンタジーという言い方もできる。

 −その辺は映像の魔術師といわれる鈴木清順監督の弟子らしい。

 鈴木監督の「夢二」の助監督に付かせてもらったが、撮影現場で監督が何を狙っているのかを分かっているスタッフはほとんどいない。常に人が考える事の先を考えている人で、新しい発想を持った天才。いま90歳を超えておられるが、まだお元気。「跳ぶ」というのは、清順映画の影響かもしれない。

 わたなべ・けんさく 1971年生まれ。福島県出身。90年に荒戸源次郎事務所に入り鈴木清順監督「夢二」(91年)の助監督に付く。「プープーの物語」(98年)で脚本・監督デビュー。「ラブドガン」「となり町戦争」「フレフレ少女」など多数。三浦しをんの同名小説を映画化した「舟を編む」(2013年)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。