日曜インタビュー

普遍的なキラメキを

映画「バースデーカード」
監督 吉田 康弘
2016年10月16日

母と子の王道ムービー

「自分も若いころ母親を亡くしている…」と話す吉田康弘監督=大阪・梅田の東映関西支社
橋本愛(左)と宮崎あおい=(C)2016「バースデーカード」製作委員会

 大阪出身の吉田康弘監督が自身のオリジナル脚本で撮った新作「バースデーカード」(東映配給)が22日から、大阪ステーションシティシネマほかで公開される。橋本愛と宮崎あおいが主演した「母と子の王道ムービーで、普遍的なキラメキを描きたかった」という吉田監督に話を聞いた。

■娘に遺すもの

 −母と子というのは吉田監督のテーマでずっとつながっている。

 デビュー作「キトキト!」はファミリードラマで、自分で脚本を書いた母と子のオリジナルストーリー。2本目の「旅たちの島歌〜十五の春〜」も南大東島を舞台にしたファミリードラマで母と娘の話が中心になっている。今回はプロデューサーから、亡くなった母親が娘に手紙を残していたという話を聞いて、母は娘に何が遺したかったのかを描ければと思って脚本を書いた。

 −娘がまだ10歳のときに、母はがんで亡くなる。

 学校で「泣き虫のりこ」といわれていた紀子はどこか気の弱い子だったので、それを励ますために「お母さんがいなくなっても、あなたの毎年の誕生日に手紙を送る」とお母さんの芳恵(宮崎)は約束する。「母親は何を書いて、何を娘に遺すのか」「娘はそのバースデーカードを読んでどう育っていくのか」。その後10年間の母と子のバディ映画にしたいと思った。

 −母親は亡くなっても、娘と手紙でつながっている。

 もちろん、この世で一緒のつながりではないが、母はできるだけの言葉を遺しておこうと思う。この脚本は東日本大震災があった2011年に書いたが、同じ時期、僕に子どもが産まれた。自分を母親に置き換えて、自分だったらどうするか、あるいは何を手紙で書き残すかを考えながら脚本に書いていった。父親の宗一郎(ユースケ・サンタマリア)と、紀子の弟の正男(須賀健太)の協力も大きい。

■母の愛の深さ

 −母親・宮崎の愛の深さがとてもよく伝わってくる。

 宮崎さんは芳恵の役をとてもよく理解してくださって、本読みの段階でいろいろ愛ちゃんやユースケさん、須賀君と一緒に役作りをしていた。僕は自分で脚本は書いているが、俳優さんにリアルにやってほしくて、アドリブも含めていいアイデア、セリフがあれば何でも取り入れると俳優さんに言っていたし、ユースケさんと須賀君は実際いいアドリブで芝居をリアルにしてくれた。

 −紀子が19歳のときに手紙を「もう読まない」と反抗する場面が印象的。

 本読みのときに愛ちゃんが「お母さんの書いていることを実行するだけでいいのだろうか?」という意見を出した。それは娘としての母親に対する「反抗」でもあり、それは子どもなら「反抗期」があると僕も思ったし、そのときの紀子の部分を書き直した。その中身は言えないが、その手紙を書いているとき、芳恵は夫の宗一郎とケンカをしていたというエピソードになっている。

 −母は亡くなっているのに、そこにいるような気がする。

 ちょっとベタかもしれないが、正々堂々と親子げんかをしていいし、生命線を細かく描くことを心掛けた。何よりも母と娘が「幸せだった」という姿にこだわった。そのために自然な演技を2人にはお願いしたし、父のユースケさんがそれをユーモアを込めて受け入れてくださった。愛ちゃんは子ども時代の紀子の姿を見たいと、その時代の撮影時にセットをのぞきに来て研究をしていた。

■大阪ロケも

 −長野県諏訪市のロケで、諏訪湖と緑の景観がいい。

 街に風が通り、温かく、爽やかで、諏訪湖の坂道がこの映画を豊かなものにしてくれた。芳恵の実家がある小豆島ロケと、紀子がテレビのクイズ番組に出る場面は大阪の朝日放送の協力で「アタック25」を再現してもらった。大阪出身の僕としては、紀子が大事なことを父親に報告する場面を、水上バスを貸し切って船上で撮っている。家族の普遍的なキラメキが映ってくれていればうれしい。

 よしだ・やすひろ 1979年生まれ。大阪市鶴見区出身。同志社大卒業後、井筒和幸監督の「ゲロッパ!」に参加し、その後「パッチギ!」などの助監督に。大竹しのぶを母親にした「キトキト!」(2007年)で監督デビュー。「黄金を抱いて翔べ」など井筒作品の脚本を担当。監督は「旅立ちの島唄〜十五の春〜」「クジラのいた夏」など。若手実力派である。