亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

枚方市渚元町「渚の院跡」雪女

2016年5月21日

春の日に露と消えた女

「業平と雪女」イラスト((C)合間太郎)

 雪女というと、すぐに東北地方の妖怪と思ってしまいがちだが、大阪の枚方にも雪女と思われる話がある。男前で歌人としても有名な在原業平(ありわらのなりひら)にまつわる伝説である。

 業平が惟喬親王(これたかしんのう)の別荘である渚の院(現在の枚方市渚元町(なぎさもとまち))に招かれ、歌や酒や狩りを楽しんだときのこと。雪が降っていたが朝には晴れたので、すがすがしいうちに皆で狩りへと出かけた。いつもなら雪のやんだ後は獲物も多いはずが、この日は鳥もウサギも見あたらない。業平は皆とはぐれて山奥の方まで行ってしまい、気がつくと、またも大雪になっていた。道もわからずふと見ると、目に前に美しい女が立っている。女好きで知られる業平が声をかけると「それはおこまりでしょう」と女は自分の家へと案内した。

 温かいものなどいただいて、居心地もいいので何日か世話になるうち、女の品の良さと頭の良さに感心する。そのうえ料理も和歌も上手で気立てもいい。業平は夢中になってしまい、いやがる女を無理やり都へとつれて帰った。

 2人は幸せな日々を過ごすが、季節が冬から春へと移っていくにしたがって、女はだんだんやせ細っていく。幸せそうな笑顔も見えず、悲しげな表情になっていく。いくら医者に見せてもよくならない。業平も誠心誠意介抱するが、ますます彼女は弱っていく。

 ある日、業平が彼女の床を見るとふとんの中には誰もいない。彼女の着物があるだけで姿はどこにもない。そこでようやく、冬に出ては春に消えゆく雪女であったろう、ということになった。

 小泉八雲が著した雪女とちがって、人をとり殺すのではなく、好きな男に言われてこばむこともできず、最後には露と消えてしまうはかない雪女。もしできるなら、冬の間だけでもいいので会ってみたいですね。

 (日本妖怪研究所所長)