亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

お腹がすいて歩けないときは・・・

2016年7月16日

大阪の男に憑いた「餓鬼」

「食べ物くれ〜」イラスト((C)合間太郎)

 ある男が伊勢から伊賀(三重県)へ向かう道中、一人の男が急いで駆け寄ってきてこう言った。「私は大阪の者ですが、道の途中で餓鬼に憑(つ)かれたようで、おなかがすいてひもじくて、もう一歩も歩けず難渋しております。何か食べ物を持ち合わせておいでなら、少しでも分けていただけないでしょうか」

 急におかしなことを言う人だと思いながらも、「旅の途中ゆえ食べ物の類は持ち合わせていませんが、刻み昆布であれば少々あるのでこれでよければ」と渡すと、男は大いに喜んですぐに食べてしまった。「ところで餓鬼が憑くとは、どういうことなのですか」と聞けば、「目には見えませんが、このあたりに限らず、あちこちで餓死した人の怨念が残って餓鬼になったようです。通り過がりの者に取り憑き、これに憑かれると、とにかく腹がすいて気力がなくなり、歩くことも難しくなります。私などは、たびたびそんなふうになります」と言う。この男は薬種(やくしゅ)を商いとしていて、諸国を歩き、注文を取っていく。その道中でこのような目に遭うのだと言う。

 また別の日に播州(兵庫県)の国分寺の僧にたずねたとき、この僧も若い頃、伊予(愛媛県)の国で餓鬼に憑かれたことがあるという。それからこの僧は、食事をするときに飯を少しずつ紙などでつつんで袂(たもと)に入れ、取り置いて旅をするのだそうだ。餓鬼に憑かれたときのためと言うが、なかなか信じがたいことである。

 以上、江戸時代後期に著された随筆集「雲萍雑志(うんぴょうざっし)」に書いてある話を紹介した。

 大阪に向かう薬種商の男というと、道修町あたりに店があるのかな。だとしたら、腹の薬で「餓鬼よけの妙薬」とか作れば売れたかも。とにかく妖怪の中でも、もっとも憑かれたくないモノのひとつである。餓鬼はなんといってもみっともなく、あさましい。

(日本妖怪研究所所長)