亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

大阪市中央区道頓堀

2016年12月31日

歌舞伎役者、狸顔負けの大変身

「こら狸、なんかに化けてみい」イラスト(C)合間太郎

 江戸時代、道頓堀は弁天座・朝日座・角座・中座・竹本座という、上方演劇界を代表する劇場があった。もちろん歌舞伎役者は花形で、その中に女形の得意な田野久兵衛、通称「たのきゅう」という人気役者がいた。

 ある日、その日の芝居がはねると、田野久は母親が急病という知らせを受ける。すぐに取るものも取りあえず、女形のかつらもそのままに走りだした。息せき切って山道にさしかかると、目の前に生ぐさい臭いのする老人が現れる。

 「お前は誰じゃ」と聞く顔の恐ろしいこと。口が耳までさけ、目玉も不気味な光を放つ。山の主、うわばみの化け物であった。

 「私は、たのきゅうです」と、ふるえながら答えると、うわばみは聞きちがいをして「なんや狸(タヌキ)か。人間なら飲み込んでやろうと思ったが、狸は臭くて食えん。はよ通れ」と鼻をつまみながら言う。

 狸と田野久をまちがえられて命びろいしたと思い、いそいそ通り過ぎようとすると「ちょっと待て。なんや人間のような臭いがするぞ」と言って、着物をわしづかみにされた。「ほんまに狸やったら、三つ数えるうちに、何かに化けてみい」と言う。目をつむって「ひとつ、ふたつ」と数えだしたから田野久、あわててかつらを脱いだ。

 「あ、男に化けよった。さすが狸や、うまいもんや」と言って手を離したので、一目散に母の家へと走って行った。

 この「たのきゅう」の話は全国に類話があり、テレビの「まんが日本昔ばなし」にも収録されている。田野久が旅の役者だったり、うわばみをだまして小判をもらって大金持ちになるというパターンもあるが、大阪のこの話が一番おもしろい。

 (日本妖怪研究所所長)