大森均の釣れ釣れ草 武者震いの初釣り

 釣り師というのは、年がら年中節度なく釣行を重ねているくせに、もっともらしいお題目にかこつけて年末年始の休みは釣り場通いに精を出す。別段、何ということはないのに、まるで仕事か義務ででもあるかのように「竿(さお)納めだ! 初釣りだ!」と家人にPRして出かける。特に初釣りは、信心深い人の初詣のようなもので、済ませておかないと落ち着かない。そこで一年の縁起担ぎと、御利益も早々に大吉の釣果を望んで、暮れの忙しい時からあれこれと釣り場の選定に頭を悩ませることになる。

 その釣行前の期待や興奮は、今も昔も変わらない。かの幸田露伴が釣仙といわれるほどの釣り好きであったことはよく知られている。釣友である石井研堂との初釣り釣行前の手紙のやりとりには、釣行を「出陣」と表現しながら、「武者震いがする」などと出かける前の高ぶる胸の内を伝えている。

 露伴ですらこうなのだから我々凡人が、遠足前の子供のように前日寝つけないのは当然と言える。まとまった休みに存分に釣りをと考えている「狂」の付く釣り師たちは「正月くらい家族と過ごしてほしい」と願う妻の願いはとんでもない要求に映る。

 ちょうど正月を利用してE名人と五島に釣行した際に「『釣りと私とどちらが大切?』なんてことを奥さんに尋ねられたことないの」と、尋ねたことがある。「惚(ほ)れた亭主が機嫌よく好きなこと(釣り)をやっているのを喜んどるようや」と、もうほとんど救い難い見事(?)な返答。恐れ入りました。

この機能はプレミアム会員限定です。
クリップした記事でチェック!
あなただけのクリップした記事が作れます。
プレミアム会員に登録する ログインの方はこちら

トップニュース

同じカテゴリーの記事