1985年に廃線となった旧国鉄倉吉線の山守駅(倉吉市関金町堀)の駅名板と関金駅(同町大鳥居)にあった腕木式信号機が、同線廃線跡の観光案内所(同町泰久寺)に約40年の時を経て姿を現した。“日本一美しい廃線跡”のレガシーに、新たな観光資源としての役割が期待される。
観光案内所は、竹林の中に残る同線廃線跡から1・2キロ離れた場所に位置し、まちづくり団体のNPO法人養生の郷(増田英之理事長)が管理している。
山守駅は、1958年開業。中国山地を越えて岡山県の「中国勝山駅」に接続する予定だったが、終着駅のまま廃線を迎えた。昨年秋、駅名板を所有する市民から申し出があり、譲り受けた。駅名板には割れた跡や傷も残っており、長年にわたって乗客を見守ってきた歴史が刻まれている。
腕木式信号機は、北栄町民から提供された。本来、同信号機は高さ4メートル以上あるが、下部分が切断されていたため、柱を溶接して高さ約3メートルに修復。増田理事長(59)は「きれいな状態で残っていた。鉄道ファンだけでなく、観光客や倉吉線を利用していた人にも思い出に浸ってもらいたい」とアピールする。
旧泰久寺駅にある駅名板はレプリカで、実物は倉吉博物館に保管されている。同博物館の根鈴輝雄館長は「長年にわたり、しっかり保管されていた。貴重なものが確認されて良かった」と評価した。