来阪catch

「いのち」を慈しむ心

ドキュメンタリー映画 「被ばく牛と生きる」
監督 松原 保
2017年12月16日
「人間と牛のいのちの問題だからテーマは深い…」と話す松原保監督=大阪・十三の第七藝術劇場
「被ばく牛と生きる」の一場面=(C)2017 Power―I,Inc.

 東日本大震災後約5年間福島に通い撮影したというドキュメンタリー映画「被ばく牛と生きる」(太秦配給)が16日から大阪・十三の第七藝術劇場で公開される。「いのち」を慈しむ心と、「人の幸せ」の在り方を考えながら撮ったという松原保監督(58)に話を聞いた。

 松原監督は東京のテレビの映像番組製作会社勤務を経て、2008年に独立し大阪で会社を興しシンガポールやブータン国営放送などと国際共同制作を行っている映像ディレクター。「30年前、福島県相馬地方の伝統行事『相馬野馬追』の取材をした。震災後、千年続くサムライの伝統と豊かさを感じた祭りのその後はどうなるのか。あらためて野馬追取材に飛んだが、同時に被ばく牛と農家の話を聞いて取材を始めた」

 桃源郷のようだったというまちはひどい惨状で、被ばくした牛たちが殺処分されることになった。「牛を飼って育ててきた畜産農家の人はどうするのか。野馬追の時から長い親交があった吉沢正巳さんは『殺処分は被災者に対する棄民政策につながる』と声をあげた。これは震災処理というよりも、人間と牛のいのちの問題だと思った」

 福島までの850キロを車で12時間かけて通い、取材日数延べ82日間この問題を追った。「震災当初約3500頭いた牛は牛舎につながれたまま残され1400頭が餓死したが、『自分たちが育ててきた牛が放射能汚染されたからといってそのいのちを奪うことはできない』と一部の畜産家が声をあげた。膨大な餌代を自己負担しながら牛を生かし続けようとする人も現れた」

 映画は「吉沢牧場」を「希望の牧場」と名前を変えて被ばく牛の面倒をみる吉沢さんをはじめ、同場内に一軒家を建てて手伝う妹の小峰しずえさん、元町会議員の畜産家・山本幸男さん、浪江町で最も放射線量が高い地域で牧場を営む柴開一さん、渡部典一さんなどが苦悩しながら、被ばく牛と過ごす日々が映し出される。

 「これまで肉牛になるために大事に育てられてきた牛たち。放射能に汚染されたら、殺していいのか。他のペット動物は他の場所で生きることが許されている。これから肉牛にされるわけでなく、ただ生きるだけかもしれないが、いのちを殺すことはない。殺処分の同意書にサインさせられる飼い主の気持ちがよく分かる」

 被災者の間で「自己責任」の言葉も一人歩きしている。「それは国が責任をとらないだけで、畜産家にサインさせて責任を転嫁しているだけではないか。30年前に原発事故があったチェルノブイリではがんの病気になった人には国が責任を持つ法律がある。日本の福島にはそれがない。農民は恨んでいる人ばかりではないが、おかしいと思わない人はいないだろう」

 「存在が許されない声なきいのちを守りたい」。「人の幸せ」の在り方が問われている。「震災枠」だけでは語れないテーマである。ナレーションは竹下景子。