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「大河ドラマ主人公に」 戦国大名・三好長慶

2017年1月26日

 近畿地方を治めた戦国大名、三好長慶(1522〜64年)の功績を見直し、まちおこしに生かそうとお膝元の大東、四條畷両市で熱が高まっている。居城だった飯盛城を巡っては、2021年度の国指定史跡を目指して専門委員会が立ち上がるなど活発で、その政治手腕を「(織田信長より)先進的で革新的だった」と評価する有識者も。地元の関係者は“下克上で成り上がった悪党”という従来のイメージを払拭(ふっしょく)し、“天下人”として「大河ドラマの主人公に」と鼻息が荒い。

三好長慶の功績をテーマに意見交換する天野准教授(中央)ら=2016年11月、大東市の四條畷学園短大

 室町末期、阿波国(現在の徳島県)を出自とする三好氏は、大東、四條畷にまたがる飯盛城を拠点に近畿を支配した。天皇家に近く、足利将軍家とは敵対。近畿一円を眺望できた飯盛城は実質的な首都機能を保ったという解説もある。そうした学界での評価に対し、歴史小説や映画では描かれることがほとんどなく、生涯には謎も多い。

■戦国初の功績

 「信長は一つ一つ長慶を見習い、室町幕府を“二人がかり”で倒していく」。大東市などが昨年11月に開いたシンポジウム「関西城郭サミット 三好長慶VS織田信長」では、長慶をたたえる議論が相次いだ。会場は有識者の意見を聞こうと住民や歴史ファンら約220人で満席となった。

 長慶研究の第一人者天理大の天野忠幸准教授(日本中世史)は「信長よりも先に政治課題に応じて居城を移した」と指摘。足利一族を擁立しない京都支配は戦国初で「足利家がなくても天下は治められると示した最初の事例だ」と長慶の功績をたたえた。

 城郭の研究者でもある滋賀県立大の中井均教授(考古学)も「三好政権の力を城でも示そうとしたのではないか」と指摘。長慶の手法は織田、豊臣による「織豊政権」へと引き継がれていく。

■事実積み重ね

 長慶にスポットを当てる動きは尽きない。昨年12月には、大東市民会館で、クリエーターらが地域活性化セミナー「三好長慶公と地方創生〜ゲーム化の可能性を探る〜」を開催。専門委は近く発掘調査を計画しており、3月には市と民間グループが共同で武者行列の催しも予定するほか、市民団体による連続講座が開かれるなど活発だ。

 没後450年を経て、ようやく日の目を見るか。大東市教育委員会の担当者は「(ブームが)市民目線で熱くなっていくのが大事。学術的に掘り下げて事実を積み重ね、情報提供していきたい」と話している。


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