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西郷どん生んだ郷中教育を実践 追手門学院中

2018年3月10日

 NHK大河ドラマ『西郷(せご)どん』の舞台薩摩藩(鹿児島県)には「郷中(ごじゅう)教育」と呼ばれた独特の教育制度があった。郷中(地区)ごとに集団を作り、年長者が年少者を指導していた。薩摩武士の気風を養成する基礎になったとされる郷中教育を実践する学校が大阪にある。茨木市の追手門学院中だ。

丸郷活動の思い出を語る3年の男子生徒(中央)=7日、茨木市の追手門学院中
丸郷活動の名簿

■12班に分類

 追手門学院創設者の高島鞆之助(とものすけ)は薩摩藩に生まれ、大阪鎮台司令官を歴任した。1877年の西南戦争で同郷の西郷隆盛と敵味方に分かれて戦う関係にあったが、幼少期には郷中教育を受けていた、と追手門学院は漫画「追手門の歩み」(2012年発行)に記している。

 高島を通して郷中教育を受け継いだ追手門学院中は17年度、全校生徒143人を12班に分類し、3年生がリーダーになって遠足、清掃に取り組んだほか、試験勉強や自習の方法を共有した。学年の垣根を越えた縦割りの活動は「丸郷(まるごう)」と称し、班分けの名簿は教室に掲示されている。

 17年度の活動最終日になった7日は各班に分かれてパズルゲームなどを楽しんだ後、卒業間近の3年生が1、2年生にメッセージを披露。女子生徒の一人は「丸郷活動を通じ、話したことのない人と話すことができた」と思い出を語り、別の女子生徒は「3年間は短い。友達を大切にしてほしい」と呼び掛けた。

■偉人を輩出

 郷中教育は本来、25歳以上の「長老(おせ)」、14〜24歳の「二才(にせ)」、13歳以下の「稚児(ちご)」で構成され、文武の修練だけでなく薩摩琵琶(びわ)を演奏したり、ユーモアを交えた会話をしていた。

 『西郷どん』でも取り上げられた郷中教育について、鹿児島県大阪事務所は「長老が二才を指導し、二才が稚児を指導する異年齢集団だった」と解説。郷中の間で切磋琢磨(せっさたくま)することもできたことから「明治維新の偉人輩出は郷中教育の成果の一つ」としている。

 追手門学院中で丸郷活動を担当する西谷茉莉教諭は「異学年交流を通して、先輩と後輩の接し方が自然と生まれている」と指摘。核家族化や近所付き合いの希薄化が問題視される現在にあって、「人との関わりを広げられる」と丸郷活動の意義を強調している。