「ぼくは自由でありたい。なぜ自由でありたいかという理由なんかは、ぼくは詮索しない。理由によって自由になるのではない。自由の定義が自由を制約し、自由を不自由にするのなら、理由も自由を制約する。ぼくはただ自由でいたい」(「田中小実昌哲学小説集成☆(ローマ数字3)」の「自由という名前」から)
今年2025年は田中小実昌生誕100年。亡くなってからは25年になる。銀座で映画の試写を見て、書店で哲学書を求め、地下鉄で帰る。お酒を飲む。それがこの作家の日常だった。1982~97年の単行本未収録短編を収めた「集成☆(ローマ数字3)」の解説にこうある。「要するに極端に言えば『読む』『考える』『乗る』『呑む』しかしていない(あともちろん『書く』もしているのだが)」(佐々木敦)。
読む、考える、乗る、呑む、そして書く。一つ一つに「!」をつけたいくらいである。それぞれに没頭して日々を過ごせるなら、はた目には何とも自由に映るのだが、ご当人は気楽どころか難しそうな風をしている。続けて引く。
「そして自由でいたいためには、居留守をつかったり、ウソをついたりしないことが(中略)練習みたいなものではないか。からだを...